絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

今月のスケジュールなど

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『絵画セラピー・ケアエクサ』
のブログへ ようこそ !


「子どもの笑顔が大好き

子どもと関わることを仕事としている仲間が集まり、月1回のスタッフ勉強会の場を持ちながら、
自己研鑽に努め、よりよく成長していっています。


ワークショップ

心と身体のケアエクササイズ
  
   
子どものための絵画セラピー講座 
  
大人のための絵画セラピー講座

を中心に開催しています。



* 9月のスケジュール *

心と身体のケアエクササイズ


9日(金)14:00〜16:00 - 志木

12日(火)10:00〜12:00 - 南越谷

18日(祝・月)13:00〜16:00 - 南越谷


29日(金)14:00〜16:00 - 志木

  

* 10月のスケジュール *

心と身体のケアエクササイズ


3日(火)10:00〜12:00 - 南越谷

9日(祝・月)13:00〜16:00 - 南越谷

13日(金)14:00〜16:00 - 志木

27日(金)14:00〜16:00 - 志木



そこでは・・・・

たくさんの感動の瞬間!!

心が研ぎ澄まされていく感じ

痛い! けれど自分には 確かに必要だったと思う

心が軽く、穏やかになっていく・・・


周りの人とのつながりを味わう

自分が・・・子どもが・・・家族が・・・ もっともっと好きになる

そんな体験が盛りだくさん!です。


◆ホームページできました
http://haruwomitsuketayo.wixsite.com/kazeniyurerukigi

◆Facebook ページ  「風に揺れる木々」 
  http://www.facebook.com/groups/453318921383384/

◆mixiコミュ 「風に揺れる木々」
  http://mixi.jp/view_community.pl?id=5398321 
            
  
(mixi登録がなくても、コミュの閲覧が可能になりました)



お問い合わせや講座のお申し込みは
    soraninagarerukumo★yahoo.co.jp  まで。

★を@に変えて、送信ください。
  また、件名を必ず「風に揺れる木々 宛」としてください。


 持ち込み企画も随時募集中です

5名以上で開催!
お気軽にご相談くださいね。


頂いたコメントは、基本公開させていただいております。
非公開希望の方は、その旨お伝えください。

プライベート絵画感想(2017.8)

今年の夏は本当に短かったですね。
この天候に、何だか拍子抜けしたような気分です。

さて、8月に開催されました
『プライベート 親子絵画セラピー』
の感想を頂きましたので、ご紹介させていただきます。

通常『こどものための絵画セラピー』のフィードバックは
保護者の方にのみ
『大人のための絵画セラピー』のフィードバックは
描いたご本人に、ですが
今回はお母様と6年生のお子さんで受けてくださり

①お子さんの絵画のフィードバックを、お子さん自身に
②お子さんのフィードバック・アドバイスを、ご両親に
③お母様の絵画のフィードバックを、お母様ご本人に
と濃密な時間を持たせていただきました。


他の方々に気を遣うことなく受けたい
フィードバックや相談の時間をじっくりとって欲しい
親子やご夫婦のみで受けることで、
知らなかった、気づかなかった相手の部分を感じたい

そんなご要望があればお声がけくださいね!!


 お母様より 

夫婦2人で話を聞き子どもの絵を見て、
今の状態が少しは分かりました。
主人も初めてでしたし、絵を見て、
こんな事をしているYの状態が分かったようです。

しかし、アドバイスいただいても、
目の前の宿題さえやらない子にイライラし、
暴言をはいてしまっていますが…

私自身、今どうしようと考えている事や
自分の思っていた事と同じ事が絵に出ていて
スゴイなと思います。
私自身の問題など改めて考えています。

絵画セラピーを受け、先生と話をして、
私自身はこの先どうするか?何をしたいのか?
自分の心と相談しています。

一言お礼を言いたくて、メールしました。
ありがとうございます





お伝えくださったように
このセラピーが、考えるきっかけ作りになったこと
とても良かったです!!


他者に「答え」を求めること「答え」をもらうことは
その時はその問題が解決したような気持ちになりますが
長い目で見ると自分自身には自信が生まれず
いつも誰かに依存しなければならなくなります。

やはり自分自身の中から見つけ出した「答え」が本物なのですね。

自分の身体と語り合うボディケアの時間
自分の心を緩め、まっさらにする瞑想の時間
そしてそこから溢れ出す思いを描き出す絵画の時間
そしてそれを読み解き、お伝えするフィードバックの時間

そんなひとときを通して、
普段見てあげることもしなかったご自身の深い部分に触れ
自分の望む道を決めていくきっかけ作りにしてほしいと願います。


kimiko


言葉のメモ

忘れやすいお年頃?でもありますが(笑)

心に響いた言葉、何かしら引っかかった言葉は
余裕があれば、メモしようと心がけています。

例えば、本の中にある一節、

例えば、歌の中にある言葉、

例えば、勉強会で聞いた言葉、

ふと目にした、耳にした言葉。

その時、おー!と感じるものがあっても
ずっと覚えているかと言われれば
日々のことに追われて、
忘れちゃうこともあります。

なんで、心に響いたのか、
それはプラスに響くときもあれば
なんとなく、ドキッとするようなもののこともあって
とにかく理由はわからなくても
きっと、自分に必要なことだからこそ
感じるものがあったんですよね。

そのサインを見逃したらもったいない!


手帳でもいいし、スマホのメモでもかまわないので
とにかく形に残しておくと
あとで振り返ることができます。

私は特に言葉に敏感なので
そうしたくなるのかもしれません。
人によってはメロディーだったり、
絵画やイラストだったりするのかも。

そうそう、何か素敵な映像を見て
あ!ここに行ってみたい!
というときには、その場所もメモします。

不思議なことに、書き出しておくと
実現する可能性が高くなるのです。
自分の意識にアプローチするのかしら?
行きたい場所は行くべき場所だったりして。

昨日たまたま見ていた番組で
歌手のFさんが、
作詞について語っていました。

ふと見た景色とともにおりてきた言葉、
それは作り出したものでなく、
わきあがってきたものだから
それを一番大切にしようと、
その言葉から詞を書きはじめたということでした。

自然に口をついて出た言葉を
まさに書き留めて
その歌いだしこそが
本当に印象的な歌になっていました。

私の場合、
何か作品をつくるわけではありませんが
自分を見つめなおすのにも
言葉のメモは役立っています。

自分を見つめなおしたり、
自分の思いを感じたり。

流されすぎないように、
日々に追われすぎないように、
ちょっと立ち止まるのは良いことです♪

気になる言葉は
きっと今の自分に必要な言葉。

仕事のアイデアや
未来設計につながることも
あったりします。

せっかく気づいたのに
流してしまうともったいないかもしれません。
忙しい時ほど、意識したいなと思います

最近思うこと

ずっと

誰かに迷惑をかけるなら
誰かに迷惑をかけられるなら
1人の責任で、全てを行いたい

と思っていました。
特に、今の仕事は ある程度それが可能なので
余計にそう思っていました。

今はかなり変わりました。
ケアエクサを通じて
繋がること
が心地よく感じられ、
仕事に仲間が欲しくなってきています。

それが依存心に繋がらないように
しっかり自分の足で立つ、ということは
意識していきたいです。

繋がることの怖さは
全てが相手にみられてしまうことかな、と。
結局、自分を好きじゃないから
自分ですら好きじゃない自分を
誰かが受け入れてくれるとは思えない。
そこには、自分にも相手にも
完璧を求める
よく言えば理想主義が、
しかし実態は ゆがみ が、
あったように思います。

完璧ではない、でも頑張っている
そんな自分を受け入れられるようになると
他人を受け入れられるように
なっていくんだな、と思います。

でも、まだ完璧主義の、
自己肯定感の低い自分が
時々顔を出し
やらない言い訳や
ブレーキ
を、コソコソと囁いてきます。

やらなくても、いいんです。
でも、それを、なんでやるのか。

いま、そこを見つめています。

毎日毎日、
自分の中の人との対話です。

そして、行き詰まったら…
そこには仲間がいて、
話せる場があります。

youko

比叡山にいってきました

京都を初めて訪れたのは中3の修学旅行。

金閣銀閣、有名どころを回ってから
団体のバスで比叡山にも向かい、
根本中堂というところで
法話をうかがいました。

わいわいがやがやとしていたのに
この山に入ってからは
何か空気感が違い、
心がすーっと穏やかになるような
そんな気持ちがしていました。

比叡山延暦寺は天台宗の開祖、
最澄がたてたお寺ということ以外
当時もよく知りませんでしたが、
今回訪れてみると、延暦寺は総称だそうで
ものすごい数のお寺が山全体にあることが
わかりました。

その中でも一番重要とされているのが
根本中堂なのでした。

根本中堂の中には
不滅の法灯と呼ばれるものがあり、
なんと最澄の時代から1200年、
一度も絶えることなく
灯がともり続けています。

人々の心を照らす灯。
どんな状況下でも守り続けられてきた灯。
なんと尊い光なのだろうと
当時、感動を覚えました。

「皆さんも心の中に
決して消えない灯を持ちつづけてください。
それがあなたを守り、支えになることもあるでしょう。
勇気をもらえることもあるでしょう。」

そんなお話をいただいた気がします。
修学旅行生向けに、笑いなどもまじえながら
楽しくためになるお話にひきこまれ、
とても印象的でした。

灯を持ち続ける…それは自分自身の生き方にもなります。
一筋の光、希望の光をいつも持ち続けること、
自分を信じて生きていくこと…

様々な思いが交錯しながらも
私もそんな灯を持ちたいと、その時願いました。

そしていつか、大人になったら
またこの灯を見に来ようと思ったのでした。

何十年もたって、ようやく来れました。

京都を数回訪れても
なかなか比叡山までは足を延ばせずにいました。
場所的にはほとんど滋賀県だったんですね。
山奥には間違いないですが。

今回はレンタカーを借りたので
迷わず向かうことができました。
というより、今年は行くぞと決めていました!

あの頃と同じ空気感。
改修中のため、外観はネットに覆われていましたが
靴をぬいであがっていったところは
神聖な雰囲気に包まれていました。

灯は行燈のようなものの中にありました。
(以前はちがった?)
直接炎を見ることはできませんでしたが
とても暖かく優しい光を放っていて
「お帰りなさい」と迎えていただいたようで
胸にじーんと来るものがありました。

京都の夏の暑さも何もかも
一瞬忘れて
長い間手を合わせていました。

1200年の長きにわたり
灯は何を問いかけてきたのでしょう。
あるいは、ただそこにあるというだけで
人々の心にも一筋の光を届けていた。

長い歴史の中では
私たちは本当に一瞬の存在です。
それでも、自分はどうありたいのか。
どんな人生を歩みたいのか。
灯を目の前にして抱く思いは人それぞれだとしても
いつの時代も「人」は「人」
変わらないのかもしれません。

灯を見つめながら
自分の心を見つめるひとときが持てたこと、
感謝です。

普段は日々の忙しさに追われがちですが
時にはリセットする体験も大事ですね。

それにしても山の中、
古木、大木に守られた空間は
なんとも神秘的で不思議でした。
自然のもつ力は偉大です。

周りにいらっしゃる観光客の方々が
なぜかみなさんとても穏やかに見えることも
この場所ならではだったのかと思います。

またいつか訪れてみたいです。

心の灯をしっかりと持ち続けて。


七夕の願い

先日の七夕に子どもたちに願い事を英語で書いてもらいました。将来の夢や欲しいものをすぐ書く子。逆に欲しいものやなりたいものがなく、『どこか行きたいところはないの?』と聞くと、『ディズニーランドに行きたい』と書いてくれました。でも書きながら、『でもね、お父さんディズニーランド好きじゃないから連れていってもらえないんだ』とひと言。

中には『楽に死ねますように』と言う高学年の子がいて、『先生より若いんだから、まだまだそんなこと心配する必要ないのに』とその場では笑い飛ばしたけれど、後から何か心配事や辛いことでもあったのかな?と心配になりました。

一方義母のいる介護施設の短冊には、『長生きできますように』『健康で入られますように』などの他に『子供の顔が見たい』『家に帰りたい』と言う願いもあり、その心情を思うとちょっと辛くなりました。

子供達の願いにはまだ未来があり、可能性があるけれど、お年寄りの願いには切実なものがあります。

その人たちの置かれた環境や状況、また人それぞれの受け止め方や考え方で違ってくるのだとつくづく考えさせられました。

みんなの願いが天に届きますようにと思った七夕でした。


好奇心?それとも躾?

先日ロシアを旅行し、知人の別荘で可愛らしいお隣さんに出会った。
お母さんと一緒にクッキーを作って持ってきてくれた3歳のソーニャ。異国の私に人見知りせずニコニコと笑いながらロシア語で話しかけてくれる。

あまりに可愛いので、日本のフルーツの飴を4つあげると、喜んでくれた。
お母さんによると棒のついたチュッパチャプスしか食べたことがないとのこと。
ソーニャは初めて見るフルーツの絵が描いてある飴に興味津々。

お母さんに一つ開けてもらい口に入れてしばらくすると口からぽろっと出している。『味が合わなかったのかな?』と、心配すると、次の飴の袋を開けてとお母さんに頼んでいる。開けてもらいお口に入れてしばらくするとまたぽろっと出してさっきの飴の隣に並べる。
これもダメだったのかな?
するとまた次の新しい飴にチャレンジしようとしている。

お母さんは『本当はマナー違反だけどね。ソーニャは好奇心が旺盛なの。』と言って次のも開けてあげようとしている。ソーニャはというと、全身からワクワク感が伝わって来るほど嬉しそうに今度はどんな味かな?と興味津々の様子。
見ているだけで微笑ましくなる。

確かにお行儀は悪い。でもこんなに好奇心が旺盛な時はまず子どもの好奇心を満たしてあげることの方がマナーより大事なのではと思った。

きっと自分が子育て時代の時には息子にお行儀が悪いから一つ食べ終わるまでは次は開けちゃダメと言っていただろうに。

でも今目の前の子供が目をキラキラと輝かせて興味津々な姿を見ると、マナーも大事だけど、それより子供のどんな味がするんだろう?何色なんだろう?なんでベタベタするんだろうなどの好奇心を満たしてあげる方が余程大事なのではないかと思った。
後で今日は特別に食べさせてあげたけど、本当はこんな食べ方はしないと教えてあげればいいのだから。

結局ソーニャは4つの飴を舐めてみて、テーブルに並べた。ピンク、黄色、グリーン、オレンジと全て色が違って、宝石のようにキラキラとしている。こんな風にして見たことないな。きれいだな。

手はベタベタになってるけど、ソーニャも嬉しそうに眺めては、また一つずつお口に入れたり、出したりと楽しんでいる。

嫌いだから飴を出した訳ではなく、どんな色なのか、舐めるとどう変化するのか目で確かめたかったんだ。五感で飴を味わってる。

私はその時第三者の立場だからゆったりとした気持ちで子供に向き合えた。子どもの気持ちがよく理解できたんだと思う。
ソーニャのお母さんはよく見守れたな、えらいなと思う。

子育て時代を振り返ると初めての子育てに、良いお母さんになろうと必死だった。『良いお母さん』とは、子どもにとってというより、他人から評価される事だった。

今なら他人の評価を気にするより子どもとしっかり向き合える子育てができそうな気がする。

躾ももちろん大事だけど、目の前の子どもを見てその時大事なのは何か、子供と向き合えるお母さんでいてほしい。

今の世の中情報に溢れ、時間に追われ、お母さんたちは忙しいし、疲れている。
『良いお母さん』にならなくていいから、お母さん自身が心身ともにゆとりを持って子供と向き合ってほしいなと思う。