絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

もっと自分を信じてあげよう!(2012.11記)

スピリチュアルがブームのようになって久しいですね。


心理を学び、自分の内面を深く深く洞察・内観していく。

すると、心理学とスピリチュアリティ(霊性)の繋がりは切り離せないものだと、確かに思います。

ユングの言った『シンクロニシティ』
~意味のある偶然が重なる(共時性)~などはとても有名ですね。

また、グループ・ワークを行っていくと、それを証明するような出来事も本当に起こるものです。


瞑想の中で見えた事が、その日の内に本当に起った!

子どもの自分に出会うワークで、亡くなったお父さんに優しく肩をたたかれた!

自分の身体から溢れ出るエネルギーの輝きを見た!

相手の見ていたイメージが見え、それを当ててしまう!



それはそれは みなさん、大興奮!!!

ですが、定期的にご参加くださる方は、
決してスピリチュアルな事を求めていらっしゃる訳ではありません。

何度かご参加くださるうちに、私に対してや周りのメンバーさん達同士の信頼が生まれ
そして少しずつ心を開いて自己開示できるようになり、
たとえ意見が違っても もっと深いところでお互いを認め合う。

その頃には自身の【今は必要でない部分】がそぎ落とされ、
皆さんで創りあげる空間がとても気持ちの良いものになっていきます。

そんな空間ができあがると、このようなことが起こるようになってくるんです。


私は不思議なこととは思いません。

生きている間に使う能力は、氷山の一角。

海から出ている部分のみで、その海の下には使っていない能力が

まだまだ沢山あるのだと言われていますね。

そう、自分自身の「悪い・足りない・嫌い」と

心の奥底に閉じ込めて見ないようにしていたところを、

恐れず取り上げ、それも自分の一部なのだと全てを受け入れ始めると 

重く重く蓋をされていた部分がスッキリン☆

本来持っている自分の機能がスッと立ち上がって

生かされるようになっただけの事なのだと思うのです。



ですから、特別な 不思議な 神秘的な ことでもないんじゃないでしょうか。
そこだけにあまり偏らないで~って思います。


占いや、前世を見てもらう、サイキックによるアドバイスを受ける
そういったことが悪いというのではありません。(私も好きです~)

只 自分自身が、問題解決したり、自身を見つめ直したりする

その為のヒントを得る、くらいの気持ちでいてほしいな~と思います。


そして
自分の人生における全ての選択権は、自分自身にあること

その結果は、全て自分が責任を持つこと



そこを常に忘れてはいけません。

他者の生き方に介入しようとする方もいます。

このようにすべき、と指示を出す人です。

ですが、その介入を許し、むしろ決めてもらうことを望む・・・

失敗したときには、いつもお決まりのセリフが・・・「あの人のせいで!」

そういう方も多いのです。

それでは誰の人生なのか、わかりませんね。
自分自身を生きているとは言えませんね。


ケアエクササイズでも
「なんだ、答えをくれないじゃない!がっかり。」と去って行った方もいらっしゃいます。


ですが、答えは全て己の中にあるんです。

それを 私は そして貴方も本当は知っています。

そして貴方がそれをちゃんと手に入れ、そこから己に対しての自信を手に入れ

堂々とご自身の道を歩まれることを信じているのです。


だから、私からの答えなど、必要ありません。

だから、他者からもらう答えなど必要ないのです。




妬みや嫉みの心・・・でもそんな自分が嫌なのに

払拭できない苦しみ・・・楽になりたい

満たされなさ・・・現状に不満はないはずなのに、いつもどこか

自信が持てない・・・肯定感をどうしたら持てるの


もし貴方にそんな思いがおありなら

目を背け逃げずに 

嘘をついてごまかさずに

自分自身の深いところと向き合う


そこから始めてみませんか??


気づきを促すたくさんのヒントや
貴方の気づいていないたくさんの選択肢があること

いっぱいいっぱい提示します。

で、どれを選択するのか?全て選択しないのか?

はたまたそれを元に、自分の方法や考えを作り出すのか?

それは貴方の自由です^^

そして、たった一人では向き合うことが苦しくとも、ここには仲間がいます!!
(かなりクサイ台詞ですが・・・。そりゃあ認めますが・・・。)


でも、本当に思うのですよ。

せっかくこの世に生を受けたのだから

もし今が、今までが苦しかったなら・・・

今ここから!生きることを心から楽しんでね ってね。


kimiko

息子と・・・(2012.11記)

子供が三人いますが、日々同じくらいの割合で子供たちを想い、子供たちに接しているわけでは
ありません。

日々変化し偏ってしまいます。

何も気になることがないと自分のことで頭がいっぱいになったり…


息子が中学生にもなると、会話も少なくなり口を開けば反抗ばかり

こちらもそんな年頃と理解しようとしても

気持ちのいいものではありません。


最近あまり話してないな~って時


ケアエクサで息子のことに集中し振り返ったことがありました。


それは、三人目のお産の時…彼は小学一年生。

朝方陣痛に気づき、二年生の兄と一緒に眠たい目をこすりながら
主人の運転する車で病院へ向かった時のこと

車から降りて病院まで歩く私の腰をさすってくれたのが彼!

そうだったよね!

私に寄り添って!

彼の優しい心が見えなくなっていた自分に気がついたのです!

涙が…


この日の夕方、駅まで迎えに行って車に乗り込んできだ息子が

今日あったたわいもない話を自分からし始め

最近なかった心地よい会話が出来たのです。


     ~  嬉しい  ~


すぐ気がつきませんでしたが

     もしかして…

     繋がっている…

     不思議…

     気持ちが通じてる…


こんな事が起こるのです。


受け止め方しだいかもしれません。


生活の中で気づけなかったことに気づくことができて良かった!


自分の関わり方しだいでいくつものヒントが貰えるのだと思います。


terumi

「自分の感情を手に取ってみる」 (2012.11記)

「自分の感情を手に取ってみる」



ケアエクサのなかでよくkimiko先生が使われる言葉です。


そのときどう思ったの?


そんな簡単な質問なのに

答えられない人がなんと多いことか。

実は私もはじめはよくわかっていませんでした。


一番単純な感情。

嬉しいのか、悲しいのか、

驚いたのか、戸惑ったのか、悔しかったのか…

今はそれがとてもシンプルに響くのですが

大人になるほど感情を取り出すことがなくなっているのでしょうね。



どう感じたかを聞かれているのに

それはこういうことでこうなったので納得してます、とか

こう言われたのでそれでいいと思ったとか、

状況説明や、つじつま合わせ、うまくまとめあげて納得してしまう。

それは説明だよね?って言われても

自分の思いを言葉にできない人がたくさんいるのです。

確かに大人は、どう感じたかなんて、考えることもなくなっているのかも。

子どもの頃は泣きたいときには泣いていたのにね。

もちろん大人がいつもそれでは困りますが

自分の感情をないものにしてしまうことが一番よくないことなのです。

自分の心の奥底にある気持ちをとりだしてみてあげないと

自分がおいてけぼりになってしまいます。

どんな風に感じてもいいし、そこにいい悪いは存在しないのに

(感じることは自由です!)

頭で考えた結論に自分をあわせてしまう。

表層だけで納得してしまう。

自分の本当の思いを見ない、知らない、無意識に否定している、

それでは自分を大切にしているとは言えないってことが

だんだんわかってきました。


忙しい日常をすごしていると誰だってそうなりがちですが

考えることより感じることを大切にしていくと

自分のことがもっとわかっていくのです。

嬉しいときは本当に暖かな気持ちになり

悲しい時は、そんな自分を慰めてあげることもできます。

自分の気持ちによりそうことができるので

心はとても穏やかです。


きれいごとで片づける、まとめあげる必要もありません。

もし怒りが生まれたなら、それを手に取ってみる。

これは冷静な客観視でもあります。

どうして怒りが生まれたのか、何が自分にひっかかったのか、

そこを俯瞰でみることができるようになると

思わぬ発見、気づきがおとずれることもあります。

答えが見つかった時の気持ちは、ありえないほど清々しい!


まぁいいやと片付けていたことも丁寧にみていくと

事の本質が見えてきます。

心にひっかかったこと、違和感を大切にみていくことも大事です。


「落とし込む」 


これもケアエクサで学んだ姿勢。




今、私は自分にとても正直です。

自分にうそがあったら、自分の魂が悲しむことがわかっているから。

自分の一番の理解者は自分自身なんですよね。



「感情を手に取ってみる」



自分を理解する第一歩です。

大切な自分に出会えますよ。

漠然としていてわからないこともクリアになっていきます。

少しずつ少しずつ…



で、このこと自体が漠然としてわからなくて、

わかりたいと思ったら

ぜひケアエクサにお越しください。

素直な自分を出せる場所、

それを自然に受け止めてもらえる場所がそこにあります。


miwako

信じられるものは? (2012.11記)

占い、大好きです。
心理学、学んでみたいと思っていました。

でもね。
占いとかって、結局 統計学の側面があるから、
だんだん心理テストなどで、自分の願う方向の結果を出せるようになってきて。

カウンセリングとか、興味あったけど、
なんか、言われることがわかってしまう気がして。
誰かに相談したくても、アドバイスがわかってしまう気がして。


何もかも、想定の範囲内な気がして、
心理学的なものを諦めていた時期があります。

偉そうだけど。


絵画セラピーに行ったのは、子どもの為以外考えてなかった。

でも、そこで見事に変わった子どもをみて、

あぁ、私も変わらないといけないんだなって思った。

でもね、ひねくれていたから、

嘘臭かったらやだなって思ってた。


でも、最初のエクササイズで、

これは、何かある って感じて、

それから、数回通って、

そしたら、わかった。

あぁ、本物なんだなって。

嘘がないの

嘘を言わなくていいの

それでね、1番大切なことは、

参加者をコントロールしようとしないの。

全部、自分 なの。

これって、厳しいかもしれないけど、

本当に真摯に相手を思ってるからできることだなっておもうんだ。


でも、ここにくるのには、ちゃんと時間もかかってる。

だから、本物だって思ったら、

ちょっとがんばって続けること、オススメします。


嘘がないから、きついこともあるよね、きっと。

そしたら、きついから 待って、って言えばいいんだよ。


そこは、素敵な磁場があります。

マジックは ないの。

でも、本物があるの。


youko

言葉の後ろに隠されているもの (2012.11記)

「自分の深いところと向き合う」それは具体的にどんなことを意味するのでしょうか。

miwakoさんが

「「感情を手に取ってみる」
自分を理解する第一歩です。
大切な自分に出会えますよ。
漠然としていてわからないこともクリアになっていきます。


と書いていて、本当にそれこそがまず自分と向き合う第一歩だろうなあと思いました。

そして、そこから更に一段深いところを見ていって欲しいと思います。

それは
「言葉にごまかされないで」「言葉によってごまかさないで」ということ。


例えば
人の事を嫌だな~、とか、嫌いと思ってはいけない

これは小さな頃から よく大人に言われた言葉ですね。

その常識(?)が元にあり、更にそこを強化すべく

そんなことを思ったら相手からも同じように思われてしまうし
嫌というマイナスな感情はマイナスを引き寄せてしまうもの。
ほら、引き寄せの法則ってあるじゃない?と。

でも[思ってしまった]
それは、その気持ちは事実なんですよね??


その感情を[悪いもの]と決めてしまって、もしくは『引き寄せの法則』に従って、
表面上きれいな自分を整えてしまうことを いつもしてしまう人はいないでしょうか。

「私はマイナスなことは全く思いません。世の中いいことばかりだもの!」

ってな感じでおっしゃるのですが、その実すごく苦しそうだったりします。

周りからは「かなり無理してるよね」と心配されていたりします。
周りからは「なんかズレてる」と思われていたりします。

では どうしてそのように映るのか。

「そう思うことで、いいもの・いいことを引き寄せられるはず」

初めにそのような刷り込みがありそこに自分を当てはめようとしているからです

初めにご自分の思いがあり、本心からそう思って言っているのではないからです。
人は ちゃんとその違和感を察知するものです。

初めに雛型ありき
→自分の気持ちをそれに合わせようとする
→形と気持ちにズレがあっても矛盾があっても、それを知るのは怖い。
  どうしたらいいかわからないし~
→だから見ないことにする
→でも、私はhappy! (ほ、ほんと??)


ですので、そういう方は公の場でご自身の思いや考えを発言することや、
対面でのコミュニケーションを取ることが苦手です。

なぜなら、そこにはいろいろな考えや思いを持った人々がいます。
もしその相手によって、雛型通りのきれいな自分では居られないような、
イレギュラーなことが起こったらどうしていいのかが分からなくなってしまうからです。
そのような雛型はないから・・・。

本当は・・・
そうなった時の焦ったり、パニくったりする自分の感情を味わうのが怖いから。


自分の中に嫌な感情が浮かんだときに、なぜそう思うのか、と向き合ってみると

そこには意外な真実が隠されていたりします。


そして[嫌]の感情に隠れていた本当の思いと向き合ってみると・・・


あの人を見ていると、すごく嫌なところが見えてイライラする
→実は、自分自身認められない嫌いな部分があって、
  あの人を見ているとそこを見せつけられる感じがする。
→え?ということは、自分の問題なのかな?
  自分がその部分を直せば、もしくは受け入れて認めてあげたら、
  相手の事も受け入れることができるのだろうか。


いつも溌剌として自信あり気なあの人を見ていると腹が立つ
→何故、あの人はあんなに堂々としているんだろう。だって私にはできないんだもの。
  自信がないんだもの。本当は私だってみんなから注目されたい!好かれたい!
→え?ということは、これは妬み?
  妬みを持たずに、自分自身に自信が持てるようになるには、どうしたらいいのかな。


あの人の発言はいつもキツイ。とても悲しい気持ちになる。
何故人を傷つけるようなデリカシーのないことを言うのだろう
→あっ、そういえば母もそんな人だった。小さい時から母に浴びせられて言葉を思い出す。
  そうか、私、理不尽なこともずっと我慢していたんだ。
→もっと自分を大事にしてあげよう。嫌な事は受け入れずに拒否してもいいんだ。


逃げずに、一段 また一段と掘り下げていくと、必ず気づくことがあります!


向き合うことで自分が少しずつ変化し、楽な自分になれ、心から自分の事を好きになっていく。
なにより それを成し遂げた自分に自信も持てる!

するとそれと並行するように、周りの人のことも色眼鏡で見なくなり、認めることができ、
表面的でない、本当のつながりが増えていく。

それこそがプラスの循環、引き寄せの法則だと思うのです。


「嫌いと言うような悪いことはしていない。」
でも 実はその裏で自分の本当の感情をいけないことだと否定するところから入る

のか

「嫌という思いは事実だからなぁ。」
常識ではいけないといわれてことかもしれないけれど、そこに囚われることなく
まずは自分の思いを大事にする自分自身を肯定するところから入る

のか

貴方が本当に心から「happy!」と感じられるようになるには

定説や常識、また『○○の法則』といったものに左右されることのないように・・・。

自分自身を信じて歩んでいけたらいいですね。

それには、自分の深いところと向き合うことです。


応援しています!!!


kimiko

知ったつもり わかったつもり(2012.11)

知ったつもり、わかったつもりで満足してしまうこと

結構あるかもしれません。

たくさんの情報を簡単に手に入れることができる今、

知っただけで満足、情報ばかりに埋もれてしまっていないでしょうか?


確かに知識は必要。

でもそれはゴールでなく、単なるスタート。

自分で実践してこそ、その価値がわかったり、

本当に意味するものの奥深さを実感したりするのですよね。



泳ぎ方を知識として本で学んだとしても

実際は一生懸命練習して、体でその感覚をつかめなければ

泳げるようにはなりません。

水を飲んじゃったり、水が鼻に入ったり、溺れそうになったり…

苦しい経験もしながら、それでも根気よく練習を続けて

やっと泳げるようになるわけです。

それでも最初は呼吸も苦しくて、

泳いで爽快な気分になるなんてほど遠い。



この実践をしないで、知識だけを語ることはしたくない。



いくら素晴らしいことをいっていても

実践がともなっていなければ、うすっぺらいものになってしまう。

コミュニケーションの大切さを語る人自身の

人間関係の持ち方はどうなんだろう?

そんなことも気になるこの頃です。



うわべだけのことに踊らされず

一段深いところを常に見つめる。



知識はきっかけ。

そこで満足しないこと。

本当に分かった時には、自ら「わかる」

誰かが教えてくれるのではなく、自分自身が答えをだせる。



自分の力で、自分の呼吸で、自分のペースで

気持ちよーく泳げるようになれるってことかな?


そこを目指したいですね♪


miwako

コトバの代わりに(2012.11.26)

朝起きたとき、

鼻が冷たくなるほど寒い日は、

思い切って窓を開けて深呼吸をするのが好きな私です。

ちょっと寒いけど体の中に

入っていく空気で、カラダが清められた感じでなのです。


今月から

発達の遅れたお子さんの支援をしています。

その子と一緒に学園に行って、活動をするときに援助したり

ご飯や支度を手伝ったりしています。



来年小学校へあがるKちゃんはコトバが遅れています。

歩くのも専用の靴が必要です。


でも、こちらの言っていることはわかるし、

自分のしたいことはちゃんと主張します。

笑い顔が本当にかわいくて、人懐っこくて、そしてやさしい子です。


私がはじめて支援に入ったとき

他のママたち一人ひとりに紹介してくれました。


指で自分を指して、そして私を指す

「僕の担当です」って意味なんでしょう

そして、相手のママのことを指すと

そのママが自己紹介をしてくれます。


「〇〇のママです。よろしくお願いします」

それを聞くと

私の頭に手を置き、

お辞儀をするようにします。

私も

「みちです。よろしくお願いします」

と自己紹介をします。


何人も紹介してくれたおかげで

たくさんの方のお名前がわかりました。

そして、すごいな~

と感心します。


コトバの代わりにちゃんとコミュニケーションの取り方を知っています。

もちろん伝えられず、機嫌が悪くなることもあります。

これから少しずつ伝えられる方法を見つけていくことでしょう。

子どもの可能性に

ものすごいパワーを感じる今日この頃です。


michi