絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

「自分の感情を手に取ってみる」 (2012.11記)

「自分の感情を手に取ってみる」



ケアエクサのなかでよくkimiko先生が使われる言葉です。


そのときどう思ったの?


そんな簡単な質問なのに

答えられない人がなんと多いことか。

実は私もはじめはよくわかっていませんでした。


一番単純な感情。

嬉しいのか、悲しいのか、

驚いたのか、戸惑ったのか、悔しかったのか…

今はそれがとてもシンプルに響くのですが

大人になるほど感情を取り出すことがなくなっているのでしょうね。



どう感じたかを聞かれているのに

それはこういうことでこうなったので納得してます、とか

こう言われたのでそれでいいと思ったとか、

状況説明や、つじつま合わせ、うまくまとめあげて納得してしまう。

それは説明だよね?って言われても

自分の思いを言葉にできない人がたくさんいるのです。

確かに大人は、どう感じたかなんて、考えることもなくなっているのかも。

子どもの頃は泣きたいときには泣いていたのにね。

もちろん大人がいつもそれでは困りますが

自分の感情をないものにしてしまうことが一番よくないことなのです。

自分の心の奥底にある気持ちをとりだしてみてあげないと

自分がおいてけぼりになってしまいます。

どんな風に感じてもいいし、そこにいい悪いは存在しないのに

(感じることは自由です!)

頭で考えた結論に自分をあわせてしまう。

表層だけで納得してしまう。

自分の本当の思いを見ない、知らない、無意識に否定している、

それでは自分を大切にしているとは言えないってことが

だんだんわかってきました。


忙しい日常をすごしていると誰だってそうなりがちですが

考えることより感じることを大切にしていくと

自分のことがもっとわかっていくのです。

嬉しいときは本当に暖かな気持ちになり

悲しい時は、そんな自分を慰めてあげることもできます。

自分の気持ちによりそうことができるので

心はとても穏やかです。


きれいごとで片づける、まとめあげる必要もありません。

もし怒りが生まれたなら、それを手に取ってみる。

これは冷静な客観視でもあります。

どうして怒りが生まれたのか、何が自分にひっかかったのか、

そこを俯瞰でみることができるようになると

思わぬ発見、気づきがおとずれることもあります。

答えが見つかった時の気持ちは、ありえないほど清々しい!


まぁいいやと片付けていたことも丁寧にみていくと

事の本質が見えてきます。

心にひっかかったこと、違和感を大切にみていくことも大事です。


「落とし込む」 


これもケアエクサで学んだ姿勢。




今、私は自分にとても正直です。

自分にうそがあったら、自分の魂が悲しむことがわかっているから。

自分の一番の理解者は自分自身なんですよね。



「感情を手に取ってみる」



自分を理解する第一歩です。

大切な自分に出会えますよ。

漠然としていてわからないこともクリアになっていきます。

少しずつ少しずつ…



で、このこと自体が漠然としてわからなくて、

わかりたいと思ったら

ぜひケアエクサにお越しください。

素直な自分を出せる場所、

それを自然に受け止めてもらえる場所がそこにあります。


miwako

信じられるものは? (2012.11記)

占い、大好きです。
心理学、学んでみたいと思っていました。

でもね。
占いとかって、結局 統計学の側面があるから、
だんだん心理テストなどで、自分の願う方向の結果を出せるようになってきて。

カウンセリングとか、興味あったけど、
なんか、言われることがわかってしまう気がして。
誰かに相談したくても、アドバイスがわかってしまう気がして。


何もかも、想定の範囲内な気がして、
心理学的なものを諦めていた時期があります。

偉そうだけど。


絵画セラピーに行ったのは、子どもの為以外考えてなかった。

でも、そこで見事に変わった子どもをみて、

あぁ、私も変わらないといけないんだなって思った。

でもね、ひねくれていたから、

嘘臭かったらやだなって思ってた。


でも、最初のエクササイズで、

これは、何かある って感じて、

それから、数回通って、

そしたら、わかった。

あぁ、本物なんだなって。

嘘がないの

嘘を言わなくていいの

それでね、1番大切なことは、

参加者をコントロールしようとしないの。

全部、自分 なの。

これって、厳しいかもしれないけど、

本当に真摯に相手を思ってるからできることだなっておもうんだ。


でも、ここにくるのには、ちゃんと時間もかかってる。

だから、本物だって思ったら、

ちょっとがんばって続けること、オススメします。


嘘がないから、きついこともあるよね、きっと。

そしたら、きついから 待って、って言えばいいんだよ。


そこは、素敵な磁場があります。

マジックは ないの。

でも、本物があるの。


youko

言葉の後ろに隠されているもの (2012.11記)

「自分の深いところと向き合う」それは具体的にどんなことを意味するのでしょうか。

miwakoさんが

「「感情を手に取ってみる」
自分を理解する第一歩です。
大切な自分に出会えますよ。
漠然としていてわからないこともクリアになっていきます。


と書いていて、本当にそれこそがまず自分と向き合う第一歩だろうなあと思いました。

そして、そこから更に一段深いところを見ていって欲しいと思います。

それは
「言葉にごまかされないで」「言葉によってごまかさないで」ということ。


例えば
人の事を嫌だな~、とか、嫌いと思ってはいけない

これは小さな頃から よく大人に言われた言葉ですね。

その常識(?)が元にあり、更にそこを強化すべく

そんなことを思ったら相手からも同じように思われてしまうし
嫌というマイナスな感情はマイナスを引き寄せてしまうもの。
ほら、引き寄せの法則ってあるじゃない?と。

でも[思ってしまった]
それは、その気持ちは事実なんですよね??


その感情を[悪いもの]と決めてしまって、もしくは『引き寄せの法則』に従って、
表面上きれいな自分を整えてしまうことを いつもしてしまう人はいないでしょうか。

「私はマイナスなことは全く思いません。世の中いいことばかりだもの!」

ってな感じでおっしゃるのですが、その実すごく苦しそうだったりします。

周りからは「かなり無理してるよね」と心配されていたりします。
周りからは「なんかズレてる」と思われていたりします。

では どうしてそのように映るのか。

「そう思うことで、いいもの・いいことを引き寄せられるはず」

初めにそのような刷り込みがありそこに自分を当てはめようとしているからです

初めにご自分の思いがあり、本心からそう思って言っているのではないからです。
人は ちゃんとその違和感を察知するものです。

初めに雛型ありき
→自分の気持ちをそれに合わせようとする
→形と気持ちにズレがあっても矛盾があっても、それを知るのは怖い。
  どうしたらいいかわからないし~
→だから見ないことにする
→でも、私はhappy! (ほ、ほんと??)


ですので、そういう方は公の場でご自身の思いや考えを発言することや、
対面でのコミュニケーションを取ることが苦手です。

なぜなら、そこにはいろいろな考えや思いを持った人々がいます。
もしその相手によって、雛型通りのきれいな自分では居られないような、
イレギュラーなことが起こったらどうしていいのかが分からなくなってしまうからです。
そのような雛型はないから・・・。

本当は・・・
そうなった時の焦ったり、パニくったりする自分の感情を味わうのが怖いから。


自分の中に嫌な感情が浮かんだときに、なぜそう思うのか、と向き合ってみると

そこには意外な真実が隠されていたりします。


そして[嫌]の感情に隠れていた本当の思いと向き合ってみると・・・


あの人を見ていると、すごく嫌なところが見えてイライラする
→実は、自分自身認められない嫌いな部分があって、
  あの人を見ているとそこを見せつけられる感じがする。
→え?ということは、自分の問題なのかな?
  自分がその部分を直せば、もしくは受け入れて認めてあげたら、
  相手の事も受け入れることができるのだろうか。


いつも溌剌として自信あり気なあの人を見ていると腹が立つ
→何故、あの人はあんなに堂々としているんだろう。だって私にはできないんだもの。
  自信がないんだもの。本当は私だってみんなから注目されたい!好かれたい!
→え?ということは、これは妬み?
  妬みを持たずに、自分自身に自信が持てるようになるには、どうしたらいいのかな。


あの人の発言はいつもキツイ。とても悲しい気持ちになる。
何故人を傷つけるようなデリカシーのないことを言うのだろう
→あっ、そういえば母もそんな人だった。小さい時から母に浴びせられて言葉を思い出す。
  そうか、私、理不尽なこともずっと我慢していたんだ。
→もっと自分を大事にしてあげよう。嫌な事は受け入れずに拒否してもいいんだ。


逃げずに、一段 また一段と掘り下げていくと、必ず気づくことがあります!


向き合うことで自分が少しずつ変化し、楽な自分になれ、心から自分の事を好きになっていく。
なにより それを成し遂げた自分に自信も持てる!

するとそれと並行するように、周りの人のことも色眼鏡で見なくなり、認めることができ、
表面的でない、本当のつながりが増えていく。

それこそがプラスの循環、引き寄せの法則だと思うのです。


「嫌いと言うような悪いことはしていない。」
でも 実はその裏で自分の本当の感情をいけないことだと否定するところから入る

のか

「嫌という思いは事実だからなぁ。」
常識ではいけないといわれてことかもしれないけれど、そこに囚われることなく
まずは自分の思いを大事にする自分自身を肯定するところから入る

のか

貴方が本当に心から「happy!」と感じられるようになるには

定説や常識、また『○○の法則』といったものに左右されることのないように・・・。

自分自身を信じて歩んでいけたらいいですね。

それには、自分の深いところと向き合うことです。


応援しています!!!


kimiko

知ったつもり わかったつもり(2012.11)

知ったつもり、わかったつもりで満足してしまうこと

結構あるかもしれません。

たくさんの情報を簡単に手に入れることができる今、

知っただけで満足、情報ばかりに埋もれてしまっていないでしょうか?


確かに知識は必要。

でもそれはゴールでなく、単なるスタート。

自分で実践してこそ、その価値がわかったり、

本当に意味するものの奥深さを実感したりするのですよね。



泳ぎ方を知識として本で学んだとしても

実際は一生懸命練習して、体でその感覚をつかめなければ

泳げるようにはなりません。

水を飲んじゃったり、水が鼻に入ったり、溺れそうになったり…

苦しい経験もしながら、それでも根気よく練習を続けて

やっと泳げるようになるわけです。

それでも最初は呼吸も苦しくて、

泳いで爽快な気分になるなんてほど遠い。



この実践をしないで、知識だけを語ることはしたくない。



いくら素晴らしいことをいっていても

実践がともなっていなければ、うすっぺらいものになってしまう。

コミュニケーションの大切さを語る人自身の

人間関係の持ち方はどうなんだろう?

そんなことも気になるこの頃です。



うわべだけのことに踊らされず

一段深いところを常に見つめる。



知識はきっかけ。

そこで満足しないこと。

本当に分かった時には、自ら「わかる」

誰かが教えてくれるのではなく、自分自身が答えをだせる。



自分の力で、自分の呼吸で、自分のペースで

気持ちよーく泳げるようになれるってことかな?


そこを目指したいですね♪


miwako

コトバの代わりに(2012.11.26)

朝起きたとき、

鼻が冷たくなるほど寒い日は、

思い切って窓を開けて深呼吸をするのが好きな私です。

ちょっと寒いけど体の中に

入っていく空気で、カラダが清められた感じでなのです。


今月から

発達の遅れたお子さんの支援をしています。

その子と一緒に学園に行って、活動をするときに援助したり

ご飯や支度を手伝ったりしています。



来年小学校へあがるKちゃんはコトバが遅れています。

歩くのも専用の靴が必要です。


でも、こちらの言っていることはわかるし、

自分のしたいことはちゃんと主張します。

笑い顔が本当にかわいくて、人懐っこくて、そしてやさしい子です。


私がはじめて支援に入ったとき

他のママたち一人ひとりに紹介してくれました。


指で自分を指して、そして私を指す

「僕の担当です」って意味なんでしょう

そして、相手のママのことを指すと

そのママが自己紹介をしてくれます。


「〇〇のママです。よろしくお願いします」

それを聞くと

私の頭に手を置き、

お辞儀をするようにします。

私も

「みちです。よろしくお願いします」

と自己紹介をします。


何人も紹介してくれたおかげで

たくさんの方のお名前がわかりました。

そして、すごいな~

と感心します。


コトバの代わりにちゃんとコミュニケーションの取り方を知っています。

もちろん伝えられず、機嫌が悪くなることもあります。

これから少しずつ伝えられる方法を見つけていくことでしょう。

子どもの可能性に

ものすごいパワーを感じる今日この頃です。


michi

成長への学び

なぜ、小説、ドラマ、漫画など

あらゆるヒーロー、ヒロインは、

困難に立ち向かわなければいけないのか。


なぜ、ヒーロー、ヒロインには、

運が悪いとしか言いようがないことに、出会ってしまうのか。


本当に幼い頃から、物語がすきで、

だからこそ、

ヒーロー、ヒロインが 困難に遭わないで

幸せに過ごせる物語を、よく想像していました。

でも、それって、物語が終わってしまうって、ことなんですよね。

どうやっても、うまく想像できませんでした。

なので、困難があるから、ヒーロー、ヒロインになれるんだな、

と、変に納得して、大人になったように思います。


この、変に納得して、

というのは、今だから言えることで。

なぜなら、心理学を勉強していくうちに、

その謎が、少し解けたからです。


人は、十人十色 1人として、同じ人はいません。

でも、その無意識の根底には

多くの人が共感できる思いがあるそうです。


物語は、その無意識の共感できる思いを生み出すものが

世代を経て、多くの人に愛されるそうです。


その大鉄則が、ざっくりいうと、

やむを得ず旅立つ

様々な困難にであう。

成長して、元の場所に帰ってくる

だそうです。

これを聞いて、すんなり納得したこと

あぁ、なんでハリーポッターは、あの 居たくない家に帰ってこなくてはいけないのか。

なぜ、指輪物語は、ホビット庄で物語がおわるのか。

なぜ、ゲド戦記のラストがああなるのか。

日本の昔話も、なんで 与えていながら、取り上げるのか。

全部全部、そうだったのか~と 腑に落ちました。


同じ場所に戻ってくる。

でも、同じ自分ではない。

だから、見えてくる景色もちがうんですよね。

それが、心の成長 または、心を豊かにしたことなのかな、と。


そして、もう一つおもったことは、


「踏み出してしまったら、戻れないこと」

戻ったとしても、そこは元と同じではなくて、

だからこそ、前を向いて進むしかないんじゃないかな、と。


そして、自分が過去にショックをうけた小説のラストは、

戻ってこれなかった

ことが、納得いく物語だったからかな、とも思いました。

古城の迷路 という物語では、

主人公は 新たな、決して戻れない世界へ、旅立ちます。

指輪物語も、ラストのラストで、

主人公は、帰れない世界への旅立ちを選びます。

(その時の主人公のセリフが、秀逸だと思うし、心に残ります)


物語を通しても、人は学びます。

何もない、平穏な人生


それは、幸せと言われているけれど、

本当はそうじゃないのかな、と思います。


また、それは傍から見た評価でしかなくて、

その本人には、経験、困難の選択肢が山ほどあるのだと思います。

それをどう選んでいるのか、ということだと思います。


たくさんのことに遭遇して、

その中から、自分で選択して

幸福や 困難

心を揺さぶるものすべてに出会いながら、

魂を豊かにして、

そして、

戻ってくる。
出会い方、選択の仕方は別にして、

これを 誰しもが日常で繰り返しているんだな、と。


ずっと、運のいい、嫌なことに出会わない、

出会っても、うまくかわせる人生が、

頭のいい、幸運な人生だと思っていました。

失敗は避け、争いは回避して、

そのためには、やりたい気持ちも、言いたいことも抑えて。


でも、それじゃ、成長できない。

自分が豊かになれないんだな、と思うようになりました。


なので、

今は 習い性になっている


状況をみてスルーする

波風をたてない

本音をいわない


をしないように 心がけています。

なかなか 習い性にまでなっているので、難しいですけど、ね。

でも、より成長したいなって思うんです。

youko



視点を変える

先日、とある研修で

empty chair を体験しました。

自分が困っていることの対象物を、自分と向き合う空っぽの椅子に座らせ、

一人二役で自分になったり、相手になったり、会話をしていく感じです。


相手は、人でなくても良いそうで

デモをしてくれた方は、自分の気持ち「罪悪感」を相手に

会話をしていました。

サポートをしてくれるカウンセラーのもとでの体験です。

「おい!罪悪感!」 「なんだよ~」 などと会話をしているようすは

コントみたいでもありましたが

会話がすすむうちに、なんとなくお互いがわかりあっていく過程を

みることができました。


さて、参加者がそれぞれパートナーと組んで

体験する番となりました。

私は、深夜をまわりそうなのに、

こちらから連絡しない限り、

いつも連絡ひとつよこさない娘、

返事もあっさりで反省の色も見られない?彼女を座らせ、

会話をはじめました。


安全面を心配する親と

自分は大丈夫、友達と楽しんでいるときに携帯をいじりたくない、

いずれはちゃんと帰るんだから心配しなくていいというお気楽な娘と

しばし会話はいったりきたり。



でも、娘の側の椅子に座り、しゃべっているとなんとも不思議な気持ちがわいてきて、

「あぁ、面倒くさいけど、ごめんね、心配させちゃって」 って、本当は思ってるんだな?と

なんだかわかった気がしたのです。


この帰宅問題にに関しては?

いつも親の視点からしか見ていないし、意見を言ってこなかったけど

ふと、自分が娘側になってみると、こんなにも違うんだ?

想像では、私が若いときはたとえ嘘でも?連絡だけはいれてたのになーとか

やはり自分目線で、自分としか比較をしていませんでした。


二つの椅子の間を、行ったり来たりするだけなのに

プチ驚きの発見がありました。

まさに視点を変えて見れた、感じられたということ。

想像だけじゃなく、体を動かしたことも大きかったのでしょうね。


日常の様々な問題も視点を変えてみることで

新しい気づきがあるに違いありません。

頭でぐるぐる考えるだけでなく

一人芝居みたいで、人に見られたら恥ずかしいですが

実際に椅子を二つおいて、やってみると面白いかもしれないですね。


心理ワークは本当にさまざまな種類があります。

empty chairも含め、

ケアエクササイズの中でも、いろいろ経験をすることができます。

何か煮詰まっている人? 

日常のささいなことでも

気づきがあります。

視点を変えることで起こる気持ちの変化、

面白いです。



miwako