絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

誰だって、自己肯定感持ちたいよね(2013.1記)

いつもニコニコとても愛想が良く、
周りにもとても気配りができるママちゃん。

なのに、自分の子どもにはとてもキツい。。。


子ども同士でおもちゃの取り合いが起こると
自分の子に「○○ちゃん、貸せるよね??お利口さんだもんね?」と
お友達に譲らせようと長々お話し。


でもん・・・
おもちゃに気持ちがいっている子は全く聞いちゃいませんってぇ(^ ^;

そんなに長い理屈、2.3歳の子にはわからないってぇ(--;

案の定、イヤイヤが始まり、ママも段々とエキサイト!

「おもちゃ持っていく時にお約束したよねっ!なんで守れないの?!」

「意地悪な子は、ママ大っきらいだからっ!」

「知らない!勝手にすれば??」

そして子どもはギャー泣きになります・・・

そしてママはますますイライラします・・・

当然子どもはママの所にしがみ付きに行きますが、
そこでもまだ 突き放すママもいます。

子どもの手を取って、おもちゃをお友達に渡しに行かせるママもいます。


イタイですよーー
もう勘弁してあげてください!!!


2.3歳の子が素直におもちゃを差し出せる方が変ですって。

心の中ではおもちゃが欲しいのに、ママから見放される・怒られる恐怖で
おもちゃを差し出さざるえないその子の気持ち、悲し過ぎます。


なんでもっと目の前の子どもの思い を感じてみないのでしょう?

自分だったらどう??

ですがしかし、ママ自身がいつも我慢して生きてきたとしたら・・・

ですがしかし、ママ自身がいつも周りの評価を気にして生きているとしたら・・・

ですがしかし、ママ自身が自分の思いを大事にするよりも、
周りの人の望むようにしている自分をいい人だと思っているとしたら・・・




本当は、自分の子でも別人格、のはずなのに
自分のやり方・生き方に合わせようとしてしまう方は多いです。


そうして、ボクの ワタシの 感じる思いを伝えると・・・
(小さな子にとってはイヤ!も伝えていること、泣くのも伝える手段です)

一番大好きな 一番身近な人から「我まま」「いじわる」と言われ

いつもいつも感情を受け止めてもらえず 

否定されて毎日を過ごしている子が確かに多くいます。

親からしてみたら、どうってことない日常のひとこまですが

それが日々繰り返されることによって、その子は

『自己肯定感が持てない』という性質を形成してしまいます。



子どもを支配して育てるのはやめて。

しつけの為だとしても、一旦はその子の気持ちに寄り添い

「○○ちゃんはイヤなのね?」「ああ、悲しかったね」

今ここのその子の気持ちを受け入れてあげて


そうして子どもが落ち着いたら、
守らなければならないことや我慢しなければならないこと、
キチンと伝えて。

大人であるママには、その位の心の余裕は持って欲しいな~と思います。


子どものおびえているお顔は見たくないから

子どものめちゃくちゃ楽しそうな笑い顔が好きだから

なにより 子どもが「毎日楽しーーいっ\(^▽^)/」って

生きて行って欲しいから



どうか、ひとつ! 
お願いします。



kimiko


 

無意識の思い(2013,1記)

ふと見ていたテレビ番組で
3組のご夫婦がお互いの良いところを10個書きだしてみましょう
と言われ、書いていました。

いやなところばかり浮かんで
全然書けないのは、かなりまずいです~!

さらさら書ける人と
必死に思い出そうとする人、対象的でした。

でも一生懸命考えて書くのもOK。

そういえばこんなにいいところがあったとか
昔はもっと素直に感じていたんだなぁと
気づきがあったり。


お互いが6個以上書ければまずは及第点
関係性は良好とのことです。

10個書けたらすごい!


でも、ちょっと待って。
その中身もチェックです。

この番組で面白いなと思ったのは

自己都合的なことはNG、減点対象だったこと。


相手そのものをほめているのでなく
自分にとって都合がよいことをとりあげるのは
その人自身をほめていることにならない
というコメントでした。


例えば
「だらだらしていても文句を言わないでいてくれる」
「おいしいハンバーグをつくってくれる」

〇〇してくれる、という表現自体が自分中心ですよね。

それをしてくれない時はダメ、
というようなものはいけませんって
番組の中ではさらっとしたコメントで終わりましたが
これって深いですよね?!

(ここ、ケアエクサ的喰いつき!)

無意識に相手を、自分にとって都合の良い存在でいてほしいと
思ってしまっているのかも?

私だってだらだらしたいんだから
それを許してくれないような夫はいやだわ、とか

ハンバーグを食べたいのは私、
私のために作ってくれることが嬉しいというのでは
その人の本質をほめているのでなく
自分に対する愛情表現を評価しているだけ?


何気なく発した言葉にも無意識の願望がはいっていること、

ちょっとドキッとしました。

もちろん、おいしいハンバーグをつくってくれたら
「おいしいね。ありがとう。」
って伝えたい。

これはもちろん感謝です。

ただ、相手の良いところをあげるという条件のもと

自分に対する行動しか出てこなかったら

なんと自己中心的に関わっているのか ってことです。

その人そのもののどこを見ているのかが
自分がどう向き合っているのかがあらわれる。

ここで自分をもう一度見つめなおしたり、相手のことを見つめなおす。

自分のことも相手のことも少し俯瞰で見つめなおす。

これは大事だなぁと思いました。


親子関係でもそうです。

自分の感情を優先していないか?
親の思いどおりの子どもなら満足?
ちがったら悲しい?許せない?
それは子どもそのものの存在を認めていないことだと
ちゃんと自覚できているのか?
まるごと認めるってどういうこと?
自分自身のこともまるごと認めている??

自分を客観視すること、常に精査すること。

そこが実は他の人とのかかわりの部分にも
大きな影響を与えるのではないかと思います。


miwako


 

お水、飲みますか?(2013.1記)

ケアエクササイズでは、いつも真っ正直に自分と仲間に向き合う。
それを求められる。

それが「気持ちいい!」「心地良い!」という人もいれば

「意味がわからない。」「恐い。」という人もいる。
また「痛い!何故こんなことを言うの?」という人もいるだろう。


そこに何の手法もなく、何かに投影するというワンクッションもなく

自らの内側を直に観ていくことができるのは

やはり相当の覚悟があるか(変わりたい!とお越しの方が多い)

自身を客観視することができる人 なのだろうなぁと思う。


そして、何より『素直な人』

何か自分にとって痛いことが起こっても、

それが相手のどういう思いから発せられているのか・・・

そこを見、相手が本心を伝えているならば、

そこに嘘偽りがないと感じられるならば、

たとえ痛くとも受け入れることができる人。

そして、そこで立ち止まり伝えられたことと自分の思いを精査し、

正直に見ていくことができる人なのだろう。



ともすると、
その時に 自分サイドの思いばかりが先行してしまう人も少なくない。

「(私が)嫌なことを言われた」

しかし それを客観視してみてみると、
決して万人にとって嫌なことなどではなく

実は

その人自身が自ら問題としている見たくない部分に触れただけ


であることが多い。


伝えた側には何の他意もない。


だが自分の内に問題を抱え、それに本人が気づいていないと、

あたかも攻撃を受けたかのように動揺したり、

相手に対して怒りを覚えたりしてしまう。
傷ついたり、落ち込んだりしてしまう。


そこで冷静に

「え?みなさんは何にも感じてないのに、

何故私だけがここにこんなにこだわるの?引っかかるの??」

と ひも解く作業ができるか否かが、

自身の問題解決の手掛かりを得るか、

もっと自分を頑なにしてしまうかの分かれ道
だ。



このような事象は何もケアエクササイズの中だけで起こるのではない。

そのような受け止め方をしてしまう人は、日常の人間関係の中でも
本人は何故だかわからないまま、やはり傷つき苦しんでいる

それはとても悲しいことだ。


だがしかし、西洋のことわざにもあるように

馬を水場に連れてくることはできるが
馬に水を飲ませることはできない


のだ。

難しいなぁと思う。



kimiko

 

変化(2012・12記)

今日は、「絵画セラピー スタッフの勉強会」でした。

心理を扱うことですので、

軽い気持ちでは、アシスタントには入れません。

月1回のペースでスタッフの勉強会は行われます。

学ぶことはまだまだたくさんありますが、一つずつみんなで深めていきたいです。




さて、絵画セラピーにはリピーターでお越しの方・お越しのお子さんも多いです。

そんな折、伺った話なのですが・・・

初めて参加した「子どもの為の絵画セラピー」で

初めてお母様はその子の深層にある気持ちを知りました。

すぐにご家庭内で話し合い

お子さまへの対応を変えていったそうです。


そしてあまり間を開けずに再度参加してくださった

そのお子さまの絵には

前回には描けなかったものが描かれていたそうです。


それは、口にはださないけど

お父様やお母様から愛情をうけて

ココロにたっぷりの栄養を与えられた

証です。



続けていくことで

お子さまの変化に出会えるなんて

本当に素敵なことですし、

とてもうれしいことです。



もちろん、それは

お子さまの絵をみて、

お父様、お母様が

お子さまの気持ちに気づいてあげているからなんですね。


子どもの絵画セラピーを通じて

たくさんの子どもたちが

自分を尊重し、愛情を感じ、安心し
て生活できていけるとうれしいです。


michi

あのね(2012.12記)

あのね、

いいからって、皆がおんなじにならなくて、いいんだよ。

だって、それが、いい! っていうのは、

誰かの 価値観でしかないでしょ。


一色にならなくていい。

皆が 自分色で 輝ければ いいとおもうんだ。

自分色って 難しい?


そういう時は、好きなものばかり

集めていくと、自分の色がみえるよ。


人と違うことを恐れないで。

ただただ

窮屈な

自分らしくない 自分でいることを

良しとしないで 欲しいんだ。


youko


こどもと共にあらん(2012.12記)

今日のニュースで [パワハラ 4人に1人が経験] とやっていました。

簡単に言えば、職場でのいじめということでしょう。

大人の社会でもこんなことが起こっている現状では
(よく言われることですが)
子ども達の世界のいじめをなくすことなど、
なかなかできることではないのだなぁ と
暗たんたる気持ちになります。


大津の事件以来、各地域の学校や教育委員会も 
いじめに対して積極的に動いている様子のこの頃ですが
それにしても耳に入るニュースの 壮絶な内容に心が痛いです。


日々通わなければならない(とされている)学校で
毎日暴力を振るわれたり、暴言を言われ続けたり、ずっと無視されたり・・・

その子は
どんな気持ちで学校までの道のりを歩み

どんな気持ちで周りの学生達を見

どんな気持ちで教室のドアをくぐるのか・・・

その、心をギュッと鷲掴みにされたような息苦しさは、
私にも経験があります。
一言では言い表せないよな、苦しくやるせない思いでしょう。



そして どこにもその思いを吐き出せない。わかってもらえない。

そして 親にさえそれを話すことがなかなかできない。

そして たとえ味方がいても学校が動いてくれない。現状は変わらない。

そして どんどん自分に自信がなくなっていく。



そうなった時、貴方ならどうしますか?
もし、貴方のお子さんだったら?



死を選んだ子は、それまでの人生をどんな思いで生きてきたのでしょうか。

誰の為でもない、自分自身の為に生きるのだ!

という選択はできなかったのでしょうか。

そこには希望が見えなかったのでしょうか。


いじめている人間は、何故そんなことでしか
満足や喜びが得られないのでしょうか。

そこにこそ自分の弱さや歪みがあるのに、
何故自分の内面と対峙することもせず、
歪んだ喜びに身を委ねて笑っていられるのでしょうか。


自分自身に恥ずかしくはないの。
自分自身を辱めていいの。

実はいじめをしている貴方こそが、
一番満たされておらず、何かに傷ついて苦しんでいるのでしょう?



今のこの荒廃した現状を食い止めることは、確かに難しいと思います。

ですが、苦しむ子ども達を心底思い、今私達に何ができるのかを考えたならば

ほんの一歩でも足元から歩を進めて行くしかありません。

それには、子どもにとって一番身近であり 本来一番心を開いて委ねられる家族が、

今一度子どもとの関わり・在り方を真剣に考えるということに他ならないと思っています。


人生の折り返し地点をしっかりと超えた今、

私自身 何をできるのか、何ができるのか

自身に問い続けながらも、決して歩みを止めずに

まずは 今関わっている子ども達をしっかりと受け止めていこうと思います。



kimiko

 

バロメーター(2012.12記)

春はあけぼのやうやうしろくなりゆく・・・


日本人なら誰でも知っているこの出だし 

清少納言の枕草子。


子供のころ 試験のために丸暗記したこの作品が 

長い年月を経て じんわり心に沁みてくるようになりました。



秋は夕暮れ

冬はつとめて



秋から冬に移り変わる 

いま 

この時期の


夕焼けの空の見事なグラデーション

キリっとした空気の朝焼けの神々しいほどの美しさ



子どものころは「遊ぶのに夢中」で気づかなかった自然の素晴らしさを

最近は しみじみ味わっています。 



今でも バタバタしている日は鑑賞しているヒマがないので

心の余裕のバロメーターになっています。



朝焼け 夕焼け ほんの一瞬でも 立ち止まって 眺めるゆとりを持ちたいものです。



清少納言の感性が好きです。 

今も昔も 変わりないんだなぁって思います。



このまま この空の美しさが永遠に続きますように。


shinobu