絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

変わりたい時が、変わるとき?!

英語の先生をしているのに

英語にコンプレックスをずっと持っています。

それを打破したいな、と、数年に一度のサイクルで

やる気が上がってくる時がありますが、

参考書を数日やって、終わっています。

気が付けば、手を付けただけの良書が山盛り。。。


でも、昨日かな。

あ、変わりたいな

って思ったのです。

やろう、やらなくちゃ、

じゃなくて、変わりたくなって。

今まで、どこか自分を見切って満足していて。

「こんなもんで、いいかな」

って、自分で制限していた気がします。

それに、やったのにできなかったら、

言い訳もできなくなり、できない自分に向かい合わなくてはいけなくなりますしね。

でも、それも、もうやだな、って思ったんです。

なんでかな。

それがきっと、「機が熟した」っていうんでしょうね。

ということで、変わりたい自分に、変わるように、

宣言してみました。

もし、英語コンプレックスを解消できる方向で変われたら、

人生も変わりそう!

そろそろ、

アクセルとブレーキを同時に踏む人生

とも、お別れしなくてはね。

youko

ゴミをまたぐな?!

たまたま見かけた言葉や
たまたま聞いたセリフが
なんとなく心に響くことってありますよね

「ゴミをまたぐな」というのは
俳優の哀川翔さんが言った言葉だそうで
それが印象に残っていると
どなたか(もう忘れちゃった )が
おっしゃっていたのでした。

えー?どういう意味?

と、思ったら
家庭の教育方針で、
ゴミが落ちていたら拾いなさい、
見て見ぬふりをするな、ってことだそうで。
確かお子さんもたくさんいたような気がします。

それは自分が落としたゴミでなくても
見たら拾えという教えです。
そうすることで気持ちの良い空間ができる。
(そこまではその人は言ってませんでしたが
本来、どんな深い意味があるのかは
ご本人のお話を聞いていないので
何とも言えないのですけれど…

私にも、とっても響きました!

見て見ぬふりをしちゃうことって多いですよね?
そうした方がいい場合もあるけれど
面倒だから、とか
あとでやればいいから、という逃げの理由で
やらないことってあるなぁと
思うのです。

家の中に、糸くずが落ちていても
あとで掃除するときに掃除機ですっちゃえばいいやと
放っておいたりしたのですけれど、
なぜか「ゴミをまたぐな」という言葉が浮かんできて
そうだよねー、気づいたら拾わなくちゃと
思えてきて…
別に哀川翔さんに怒られるわけじゃないけれど

そして、それをしている自分が
けっこう気持ち良かったりする
この感覚は思いがけないものでした

それは家の中だけでなく外でも。
公共施設の洗面所がぬれていたら
さっとふいておくとか、
ゴミがおちていたら所定の場所に捨てるとか。

善い行いをしたいとか、
そういうモチベーションではなく
なんだかそうしたほうが自分が気持ちがいい。
そんな感じです。

ポイントは「すぐにやる」
この1点。
後でやっても同じ、と思ったら
それまで
気持ちよさはやってこない。
これって仕事にも通じています!

だらけた自分もいるので
いつもきちんと実行してるわけではありません。

でも、頭の中で、あの声で
「ゴミをまたぐな~」と響くと
くすっと笑いながら、「そうだったよねー」と
行動に移す自分がいたりして。

家の中が片付いたり、整理されると
心の中も整理されたような気持ちになって
すっきりするといいますよね。

たまりにたまってからやるのではなく
実は日々の小さな積み重ねを
見直せば、だいぶ変わってくるのかも?
(はい、自分に言い聞かせてます

ほんの小さな善行?も
実は当たり前のことなのだとも思います。
誰かのためや何かのためにやるのではなく
自分が気持ちいいからやる。
自分の心を整えることにも役立っている。
これが一番ですね♪


「ゴミをまたぐな」の教え、
なかなか深いです


miwako






普通ってなに?

紅葉の美しい季節になりましたね。
ぱっと映える赤も好きですが
イチョウ並木の黄色も和みます。
四季がある国に生まれてよかった♪
どの季節もそれぞれに良さがありますよね。
枕草子の時代から
ずっとそれが続いているんですねー
感慨深いです。

最近、再び思っているのは
「普通」って本当にないんだなぁということ。

自分自身の心の変化、
受け止め方がさらに変わってきています。

多くの方がそうだと思いますが
自分はごく一般的な平凡な日本人だと
そんな風に漠然と思っていた昔。

自己客観視を進めるにつれ、
グループワークを行うにつれ、
ひとりひとり、みんな感じ方が違っていて
「普通」なんてことはないんだなぁと
しみじみ思っていました。
それぞれでいい。
それぞれが素敵。

それでもやはり日本人?!
個性を主張しすぎるとちょっと浮いた存在になるとか
多数派に属していた方が安心感があるとか、
無意識に植えつけられた感覚があるものです。

自分的には、自分らしくありたいと思っているし
そんな自分がいいなぁと思う。

ところが、いつもとは違う場面で
(初めて会うような方ばかりのところ)
いくつかの心理テスト的なものをしたところ
明らかに少数派だと気づいたら、
一瞬焦りました

あれ?
私、みんなとこんなに違うんだ?
私って変わり者??

確か昔は多数派にいたのに
いつのまにか少数派???

でも、なんだかくすっと笑っちゃったのです。
一瞬焦った自分に、
日本人の国民性が出てるなぁーなんて客観視!

日本人的常識や、こうあるべき、というような
自分の本当の思いとは別の
表面的なあるべき姿を自分の解答として選べば
きっと多数派に所属できました

自分はもう、そこからは解き放たれていて
自分の思いをまっすぐ出すことが
(まっすぐ出すことに支障がない環境下で。)
自然体になっているんだなぁと
再確認できたのです。

多数派にたまたまなることもあるでしょう。
多数派が悪いわけではもちろんないです。
少数派に価値があるわけでもありません。
いずれにしても
自分の本当の思いを自分が知っているかどうか。

うわぁ、いつのまにか変わり者になっていた!と
一瞬ちょっととまどって、
そこを経たら、言ってみるなら全員違うってこと、
変わっていて当たり前だな!と
SMAPの歌を借りれば、
みんなそれぞれonly oneの存在だと
またまた実感できました。

わかっていたはずのことを
また深くかみしめた感じです。
(きっとここで終わりでもなく…ですね

きっと多数派の解答だって
ひとつひとつの意見を聞いてみたら
観点が全く違っていたり
同じ言葉を使っていても
その解釈まで同じとは限らない。

「普通」と言う言葉をとってもみても
ひとりひとりの思う「普通」は大きく違うのでしょう。

普通のくらしを大事にしたい。
というような普通は、きっと日常の安定や平和かもしれない。
「普通」を別の言葉にも置き換えられる。
それがわかっていた方がいいのかな?

自分が普通だと思うことは、
自分の個性を見ようとしていないということなのかも。
でも、本当はひとりひとりの個性は見事にバラバラ。
ひとりひとりが本当に特別であること。
家族だって、兄弟だって、まったく別の個性です。

自分の個性を自分がわかってあげる。
普通という漠然とした安心枠でくくらずに
個性あふれる自分を見つけてみると
自分がもっと好きになれるかも。
人と違っている部分こそ個性!

個性は生かすものだ。

(古いバレー漫画「アラベスク」の名言
 ↑年齢がばれます

普通じゃない自分、
つまりは、個性あふれる自分に乾杯







まっすぐ受け取る

今日はたまたま朝ドラを
朝と昼の2回みてしまいました。

やっぱり心に残るセリフがありました!

「使用人だったものの娘と
お嬢様がいっしょに仕事をしているなんて
旦那様はどう思われただろう?」

とのつぶやきに対し、
人生の大先輩である靴屋の主人が
こう言いました。

いいですか。
ものごとはまっすぐ受け止めなさい。
旦那さんは
「松さんの娘さんか。松さんにはお世話になった。」と
頭を下げて、言われた。
そのままですよ、と。
それを曲がった目で見たら、
これからすべてのことが曲がってしまう。

確か、そんなセリフだったと思います。
(2回見た割に、不正確かも

「これからすべてのことが曲がってしまう」
深いセリフでした。。。

すぐに裏を考えたくなる人、
なんでも疑ってかかる人、いますよね?
もうそれは癖になっているのかも。

人の気持ちをまっすぐ受け止めるのは
すごく難しいことなのかもしれません。
ある意味自分のガードなのかも。
まっすぐ受け止めて自分が嫌な思いをしたら
いやだから??
それは自分の弱さからきている?
つまりは自分を信じていないからなのかも。

相手の気持ちを受け取れないって
すごくさびしいことだと思うのです。
人とつながるチャンスを逃しているから。
きっと相手もさびしいでしょうね。

だって
気持ちをまっすぐ受け止めてもらうのも
とてもうれしいことですもの。
あぁ伝わってよかったと思います。

そこで繋がれる。
暖かな気持ちになる。

このまっすぐな気持ちのやりとりは
相互信頼がないとできないんですよね。

相手を信頼する気持ち。
そして自分を信頼する気持ちも。
自分にガードをはりすぎて
いつも防御態勢でいたら
つながりたい相手ともつながれないかも。

いつも疑ってかかっていたら
すべてのことが曲がって見えることでしょう。
何が本当かわからないし
何を信じていいかもわからない。

そのループに陥っていたら不幸です。

かといって、人が良すぎて
詐欺にあったり、だまされるのもいやですよね。

だからなんでも受け止めるのではなく
自分の中で取捨選択。
それは必要だと思います。
なんでも受け入れすぎて
自分を見失ってしまうのもNGですものね。

気持ちをまっすぐ受け止めると
それは相手にも伝わるものです。
そこから生まれる良い波動もきっとある。
そんな関係性を増やしていけたらいいですよね。

曲がって見てしまう自分がいたら
自分はどうしてそう思うのか?
自分に問いかけてみる。
思っちゃうんだから仕方ないですよね。
それをダメと決めつけるのではなく
どうしてかな~と俯瞰で考えてみる。

自分の客観視。
そこでまた1歩前に進めるのだと思います。

miwako






行動パターンを変えてみたら

先日お洗濯ものを干していたら
なんていい天気!
これはどこかに行きたい~!
と、急にわくわくしてきてしまい…

でも家族は仕事や私用でだれもいません。

私も一応やるべきことはいくつかあって
借りてきたDVDを見ながらあれこれしようと
プランはたてておりました。

でもそれじゃあいつものパターン。

先日参加した講座では
自分の行動にブレーキをかけているのは自分自身。
そう気づいたばかりだし?!

成功する人はすぐに実行する人。
あれこれ考えずにとにかく始める人。
なるほどそうだなぁ、
迷っている人はずっと迷ったまま。
そんな気づきもあったことだし、
心のわくわくにしたがって、動いてみればいいはず!
今日はそれを実行してみる日なのかも?

なんだか水辺に行きたいんだなぁ~と、
そういえばここの所、ずっと思っていたのでした。
そこで、
昔行ったことのある湖を検索してみたら
電車でも30分くらい。
そこからバスが出てるらしい。

よし行くか?!

うーん、でもねぇ…
思い立ったら、ひとり映画とか
ひとりランチとかしていたけれど
ひとり旅行はたった1回の出張を除いて
ないのですよね
ふだんやりなれていないことは
ちょっと勇気がいるものです。

でも今日は自分を変えてみよう!
行動パターンを変えたら
何かが変わってくるかもしれない??

そして意気揚々と最寄駅に到着。
すると、なんということでしょう?
土日はバスがないって!!

ハイキングや釣りの方や、観光客はいるものの
本当に小さなスポットなので
(若干さびれている感じ
需要がなくて廃止されたそうなのです…

これはタクシーしかない。
もうあきらめるか?
あきらめろってこと?
うーん、片道2千円以内なら行く???

そしてタクシーの運転手さんに聞いたら
1500円くらいかなぁとのことだったので
乗せていただきました!
(本当はもう少しかかったのに
おじさんもそう言っちゃった手前…とかいって
早くメーターをとめてくれたのでした

春の桜と秋の紅葉の時期がとてもいいそうで
今はちょっとまだ早い感じ。
とても優しいオジサマでいろいろ教えてくださいました。

そんな時、ふと空を見上げたら…

雲の割れ目からまぶしいくらいの太陽!
そしてそのまわりに彩雲が

思わず、窓を開けていいですか?と聞き、
まぶしすぎてとにかくシャッターを押しただけなんですが
写真を撮りました!!




この彩雲、あっという間に消えてしまい
本当にほんの一瞬のできごとでした。

あー、でもこれに出会えただけでも来たかいがあった!
今いろいろなことを本当に前向きにやるぞ!と
気持ちが高まっているので
それを応援してもらえているんだなぁとしみじみ。
今日の小さな決心さえ
見てもらっているのかなぁなんて。

湖は主に釣り人しかおらず
とっても静かでした。
読書している女性がひとりいたかしら。。。
ペダルで足こぎのスワンにのる家族がちらほら。

紅葉が少し始まっていて、良い感じでしたよ。
静かな湖面に空が映ってきれいでした!

タクシーのおじさんが、また呼んでくださいと
言ってくれていたので
小一時間、散策や読書などして過ごしてから
同じおじさんに来ていただき、帰途につきました。
おじさんとも、いろいろおしゃべりして
楽しかった

来月モミジがもっと色づくころに
今度は夫と車で来ようと思いました。
近くに滝もあるし、見晴らしの良い山もあると
教えていただいたので♪

本当にただただ、湖を見て帰ってきただけ。
素敵なお店も、お土産屋さんも
何にもないところでしたけれど
心はとっても満足~

何より『彩雲』というご褒美。

家にこもってばかりじゃいけませんね。

アウトプットが続く時は特に!
自然から受け取るエネルギーは最高です

今度は何を変えてみよう?
自分改革もしていきたいです




miwako



ホームページができました

秋の気配が色濃くなってきましたね


『心と身体のケアエクササイズ』『絵画セラピー』の講座を開始して
早7年が経ちました。

一番最初に発足した<志木サークル>が未だに続いていることに

7年前から月1回の講座に毎回通ってくださっている方がいることに

7年を経て、志を共にするスタッフに恵まれたことに

感謝いたします。


そして、ここから更なる進化を遂げていきたいと思います。


「風に揺れる木々」のHPが完成致しました。

http://haruwomitsuketayo.wixsite.com/kazeniyurerukigi

どうぞご覧になってください。



そして

もっともっと自分が愛おしく思えるように・・・

より風通し良く、楽に生きるために・・・

更なる進化を遂げるために・・・

周りの人達を笑顔にできるように・・・


いつかそんな思いを持った貴方に会えることを楽しみにしています。



こちらも参考になさってくださいね。

ー絵の通訳者達ー
http://kazeniyurerukigi.blog.jp/archives/1025461009.html

ーホームページ作りにチャレンジー
http://blog.livedoor.jp/siriustime/archives/1061902567.html

絵画セラピーは怖い?

絵画セラピーには深層心理が表れるから・・・

それを怖いと感じる方もいるようです。
興味津々の好奇心旺盛な方もいる一方。

ありのままの自分を認めることは
怖いことなのでしょうか?

私も初めて体験した時には、
何がでてくるんだろう?
どんな言葉をもらうんだろう?
楽しみと不安と半々だったかも。

でもね、絵画セラピーは性格診断でも
占いでもないのです。
何をどんなふうに描いたから合格!とか
点数がつくわけでもなく
いい、悪いはまったくありません。
成功も失敗もありません。

ただただ、体験するたびに
その時の自分の状態を
客観的にみることができます。
第3者の目線で、感じることができるのです。

自分を知ることは、
実はとても面白い!
自分をわかってあげることが
自分にとって必要なことのひとつ
だと
そんな風にも感じます。


今の自分を客観視することにより
なんだかとても冷静になれたり、
自分でもわからず描いたものに
実は心からの願いが投影されていたりして、
それを「こうですよ」と、教えてもらうのではなく、
絵画セラピストの先生と話しているうちに、
そうか!そうなんだ!と
自分で気づいたりする、
そんな不思議な体験なのです。

もしかすると、認めたくない自分の状況が見えたり
することがあるかもしれません。
それは自分が頑張ってるから
敢えて見ないようにしていたものかもしれません。

でもそこを知ること、実感することで
ふっと肩から力が抜けたり、
頑張っていたなー、自分。と
自分を労わる気持ちが生まれてきたり。

いつもプラスなことばかりじゃない。
プラスもマイナスも常にある。
それを受け入れている人は強いですよね。

両方あるから人間なんです。
両方あるってことをわかっていることが
自分を成長させるんだと思います。

自分のプラスもマイナスも受け入れることができるなら
子どもや、まわりの人にも
プラスばかりを求めないでいられるのじゃないかな?

だから、怖くなんかないですよ。
自分や子どもを受け入れること、
プラスもマイナスもまるごと抱きしめること、
きっとじんわりと感じるものがあると思います。
すぐに頭で理解できなくたってOK!
むしろ答えを見つけようとしない方がいいくらい。
ただ感じるだけでいいんです。
そんな体験ってなかなかないですよね。
嬉しかったり、悔しかったり、
悲しかったり…
どんな感情も大事な自分の一部です。
自分の気持ちに、
ふっと寄り添えること、
それが心の栄養になる感じ。

でもでも、その前に!
一心不乱に描きつづけることだけでも
なぜか心がすっきりとしてくるのです。
それだけだって、すごいことだなぁと、
体験するたびに感じています。

自分には必要ない、と思えるのもいいことですよね。
でも、なんだか怖そうと思ってしまう人は
単なるとりこし苦労か、
あるいは、マイナスを見たくない
自分の弱い部分を認めたくないという気持ちが
どこかにあるのかもしれませんね。
弱い部分だって、大切な自分の一部ですから
目をそむけてしまうのは、かわいそうだなぁと
そんな風に思います。
もちろん心が弱っているときには
そんな力もわいてこない…それもよくわかります。

でも、前を見る心の余裕ができたなら、
弱い自分も受け入れている人こそ、
実は強く成長していける人なんだと思うのです。
認めるって、勇気がいることでもあるし、
変わろうと思えることだって、覚悟がいるわけですから。

私ももっと強く前向きに
そして柔軟になっていきたいです~
(つまづきながらも修行中!)

風に揺れる木々の活動も7年目。
たくさんの経験と学びを糧に、
絵画セラピーと心理ワークを組み合わせた
心理講座を企画中です

絵画セラピーの定期開催もいつかは実施したいと
考えております。

応援よろしくお願いいたします

miwako