絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

おもい癖

なくて七癖というけれど、

自分のおもい癖って、

それが長年自分としてやってきている軌跡みたいなものだから、

なかなか気づけない。

また、それは癖じゃない? とはっきり指摘される場も

社会人になると、そうそうないように思う。


私がケアエクサを通じて指摘された癖は、

逃げ癖。


話しても分かり合えそうにないとき、

それ以上、言葉にすることができないとき、

それ以上、言葉にしてしまうと、相手を傷つけそうなとき、

そーっと、引いてしまう。


それは、穏便にことを済ませる手段でもあるけど、

相手との間に、くっきりとした一線を引くことでもある。

ぶつかって、折り合って、ということをしてこなかったから。


それでも、

だれかの悪感情にさらされるより、いいと思っていた。

気まずい思いをするより、いいと思っていた。

そしたら、

体に症状がでて、そういうことに出会った後、

倦怠感がやってくることに気が付いた。


自分の味方は、自分。

そう思ったときに、

思っても言えなくて、呑み込んでいた言葉を

少しずつ、言っていこう、と思った。


実は、そのおもい癖、

自分で自分を一番傷つけているかも。

そんなことを思い、

おもい癖を直していこう、と取り組んでいる。

youko

価値観の相違



私は、なにごとも過小評価する人と話していると、ズレを感じます。

物事を楽観的にとらえる人と悲観的にとらえる人との隔たりは

カレーのルーの基準みたいに段階を経て違うんでしょうね。


H社のカレーの辛口とJ社の甘口が同じぐらい。みたいな。

インド人の「普通」が日本人にとっての「激辛」だったり。


見た目が違えば(人種が違えば)ギャップにも納得がいきますが、

これが、味覚じゃなくて、物事のとらえかたという漠然としたものだと

まして同じような環境に育った同世代の同性が相手だと

そんな目に見えないギャップがあるなんて

頭では理解しているつもりでも わからないものですね。



これが価値観の相違 というものなんだろうな。



うちは 祖母が楽観主義、母は超悲観主義、父が超楽観主義 という環境で育ち

人生の前半は母の影響を受けておりましたが、現在は父よりです。

家族内でも様々です。



先日、悲観主義の人の話を真剣に聞いて心を痛めていたら、

実際は 全然たいしたことなくてガッカリしたのですが

相手の価値観を認めつつも、情報を鵜呑みにせず

ニュートラルな自分でいたいものです。


shinobu






子育て中にほっとしたこと

子どもって神様からの預かりもの。

自分から生まれたといっても

まったく未知の個性をもっていて

思った通りになんてならなくて当たり前。

今ならそういえますけどね。


3人の子どもに恵まれましたが

特に長男は私の思う枠にははまらず

それは面白くもあったのですが

母親初心者としては

どうにかちゃんと育てなきゃとか、

しつけをちゃんとしなくちゃとか、

彼の行動に関する悩みもありました。

自分がきちんとした母でいたい、って

それだけだったのかもしれませんね。

ちゃんとしていないのは親の責任?

みたいに構えちゃっていたのだと思います。


それがそれが…

職場に復帰したころ、

後輩のひとりが占星術を本格的にやっているのを知り

面白そう!と運勢を見てもらったのです。

そうしたら、うちの子どもにはあったこともないのに

なんだかあたっていることがたくさん!

しかも、彼はこういうところがあるから

こういう経験を増やすといいですよ、なんて

抜群のアドバイスつき。



その時に思ったんです。

なんだー、全部子どもの個性なんだって。

私がどうこうしたからこうなったとかではなく

持って生まれたものなんだって。

じゃ、私の責任じゃない???

そうしたら、ものすごーく、

目からうろこが落ちたみたいに

気持ちが軽くなって楽しくなってきたのです。

なんか変?

責任放棄ってことじゃないんですよ。

個性を理解してあげればいいんだって

発想の転換ができたのです。



お母さんって、自分ががんばらなきゃ!って

思い詰めてる人、多いと思います。

でもね、何もかも思い通りになんて

決してならないし、しちゃいけない。


自分とはまったくちがった個性を育てている、

それなのに、自分の分身であるかのように

ついつい思ってしまうんですよね。

大事な大事な宝物であることは変わらないけれど

自分の所有物ではないし、

自分の理解を超える存在でさえある。


何に興味をもつのかな?

どんなことをしたら嬉しいのかな?

あぁ、こういう状況は嫌なんだ…

少しずつ、理解していけたらいい。

この子が伸びたい方向がわかって

そのサポートができたらいい。

ダメなことはダメというしつけは大事。

伝えるべきこともあるけれど

親の思い通りにはしてはいけない。

こうしなさい、ああしなさいと

親が無理やりレールを引いたらダメ。

この子の個性をいかに伸ばしていくかが

自分の役目なんだなぁと

しみじみと思ったものです。


一筋縄ではいかないですけどね(笑)


でも、自分ががんばらなきゃ、と

思いすぎているお母さんがいらしたら、

ちょっと肩の力をぬいてください。

自分を責めないで

お子さんも責めないで。

ちょっと気持ちを緩めたら

違った角度から見つめることができるかも。


客観視。

大事ですね。

ケアエクサでもいつもキーワードです!


miwako

自分をねぎらう

風に揺れる木々提供の講座は

ケアエクサと略して呼ぶことが多いのですが

「心と身体のケアエクササイズ」の名前のとおり

心も身体も、どちらも大切に扱っていくこと、

それを大事にしています。

そしてそれは本当に必要なことだと思います。


講座の中では

必ず身体をほぐして瞑想をおこないます。

ストレッチ、リンパマッサージ、ヨガ、

時にはリズム運動、

上級コースでは自分の気を整えたり…

絵画セラピーの講座でも

身体をほぐすことは大事な要素です。

丁寧に教えてもらえるので

家でも自分でできるものがたくさんあります。


心と身体は相関しているもの。

身体がほぐれてくると

気持ちもとてもリラックス!

逆に心が疲れているときは

身体にも不調が現れたり…

また、けがをしたり病気をしたりすると

心も元気がなくなりますよね。


だからどちらのケアも大事なのです。




参加者の方が

「目からうろこでした!」と伝えてくださったのが

自分をいたわるマッサージです。


いつも家事をしたり、字を書いたり

パソコンで仕事をしたり、

ご飯を食べたり、運動をしたり

一日中がんばっている右手、左手を

感謝の気持ちをこめて

「いつもがんばってくれて、ありがとう」と

順番にマッサージするのです。

そして手だけにとどまらず

身体の様々な個所にフォーカスしていきます。


心臓の鼓動を聞き、

生まれてから一度も休まずに

ずっとずっと動いてくれて

いつも一緒にいてくれて

ありがとう。

本当にえらいね。がんばっているね。

そんな言葉をかけてあげます。



いつもは当たり前すぎて

気にすることなどありませんが

ふとした時に、

例えばお風呂にゆったり使っているときなど、

これを思い出して

自分の身体をねぎらいます。


自分の身体は自分自身。

切っても切れない存在なのですが

あまりに当たり前すぎてふだんはほったらかし。

それはつまり、自分をほったらかし、後回し、

大事にしていないということなんです。


がんばってますよ、みんな。

手も足も、頭も、背中も、腰も、内臓も!

目には見えない、やって当たり前のようなことを

日々続けているのです。

だから時々それに目を向けて

ねぎらってあげましょう!

それは自分自身をねぎらうことにもつながります。

自分のことですもの、

自分が一番いたわってあげて

大切にしてあげなければですよね。

自分が一番の理解者でいたいです。


今夜のお風呂タイム。

ぜひぜひ、やってみてください

自分のケア、していきましょう。


miwako

まぁるい気持ちで

子どもの心が荒れているとき、

売り言葉に買い言葉では

気持ちが休まるどころか

火に油を注いでしまいます…

どんな時も、客観視して

冷静でいるって

本当に難しいことですが。


仕事柄、たくさんのお子さんと接しています。

先日、もう、何があったんだか

どうしようもないくらい荒れまくった子がいました。

何を言っても心に響かない。

こちらもやるせない気持ちになりました。

今日はお手上げ!とあきらめました。

心にどんよりしたものが残りました。


でも時間がたつにつれ、

あぁ接し方を間違えてしまったなと気づきました。

気持ちがささくれだっていたことには

絶対なにか原因があったのでしょう。

ひとつのことではなく複合的だったのかもしれません。

そんな彼自身もどうしようもない

嫌で嫌でしようがない状態のときに

正しいことや、やるべきことを伝えてみたって

それは私側の都合でしかなかった。

とがった態度に、正論を向けても何の意味もなかった。

時に甘くしすぎてはいけない、とか

毅然とした態度も必要、という場面もあるけれど

さじ加減が難しいですね。

親だって自分の子どもに対して

どう対応するのが正解か、迷うことがいっぱいです。


とがった気持ちにとがった対応をするのはダメ。

とにかくそう思いました。

今度会ったら(私のところに来るとは限らないのですが)

前回のことも何ももちださず、

まぁるい気持ちで接しよう!と決めました。

始めの挨拶が肝心。

でも、大げさにすることなくいたって普通に穏やかに。

すると昨日は、若干神妙な態度でやってきて

(ちょっと反省してたのかしら?)

口数少なく(いつも切り返しに長けたおしゃべりさん!)

音読をほめられちゃったりして、

まじめにささっと学習していきました。

いつもささいなことで、あちらこちらで注意されている子です。

頭もいいし、いいところがたくさんあるのに

なんだかマイナスの方でめだってしまう。

「どうせ何やってもほめられないし、ダメなんですよ」って

つぶやいてくれることもありました。

「親にも、赤ちゃんの頃からほめられた記憶がない」って

どこまで本当かわかりませんが

ぐちをこぼすようなちょっと話術に長けた大人びた子です。


彼の良さをいっぱいわかっているつもりだったのに

とんがった態度をされて、私もちょっとショックでした。

でも、それも試されていたのかな、と

あとから思いました。

彼の芯の部分を信頼しているなら

どんな時も、まぁるく受け止める覚悟を決めよう。

まぁるい気持ちには、反発心も薄れるはず。

その場ですぐには無理だとしても。


昨日、穏やかだった彼を見て、

他の先生方と、よかったね、と目配せしあいながら

私も嬉しい気持ちで帰宅しました。


そして今朝!

卒論発表の準備をぎりぎり徹夜でしていた次女。

朝はすこぶる機嫌の悪さ

言葉がとげとげしています。

しかし今朝の私は、まぁるい気持ちで…

「ぎりぎりまでやっているのは準備が足りないから」とか

「そんなに髪の毛に時間かけてないでさっさと行きなさい!」とか

自分に置き換えたら絶対言われたくない、

今言われてもまったく意味をなさないような

マイナスの言葉は封印して

「寝てないの~?それはがんばったねぇ。〇〇食べる?」

くらいの言葉がけ。

そうしたら、まぁるい気持ちが伝わったのか?

「今日は、これこれこんなスケジュールで大変なんだよ」と

いつも言わない予定を教えてくれて言葉も穏やか。

「途中で寝ちゃいそうだね~(笑)」なんて言って

「発表がんばれ~」「いってらっしゃ~い」

「じゃあねー」と

ちょっとイライラも収まって出かけていきました。


やったぁー、作戦成功

まぁるい気持ちで接しようと決めただけで

子どもも穏やか、私も穏やか~

こちらにも心の余裕がないとできないことです。

でもそれが習慣になったらいいな。

作戦とか言ってますが、

まずはそう決めて、自分に言い聞かせて

とにかく実行してみること。

つい愚痴が先にでちゃいますからね

そうしたらその結果(気持ちがほっこり)を体感できる。

いつもうまくはいかなくても

失敗したり反省したりしながらも

まぁるい心は、とげとげのクッションになる!

それを覚えていたいです。

きっと身近な家族に対してが一番大変かな??

みんなの心がまぁるくなったら

空気感も変わりますね。


意識していきたいです

まずは意識するのが大事です。

いっしょにがんばりましょう~



miwako













よりそうということ

先日、思いがけず緊急手術をすることになり 

スケジュールが狂ってしまったので 

連絡せねばいけない人達に

取り急ぎ報告をして、

しばらくメールやラインやメッセージのやりとりが続きました。


前から予定していた手術ではなかったので

まず自分自身に心の準備も余裕もなく

一体何が起きたのか理解できず

慌てました。



みなさん 心配してくださり とってもありがたかったです。



幸い これまで、心配する側だったことが多いので

弱っている人に どのような言葉をかけたらよいのか

分からずにいましたが

今回のことで



どんな言葉をもらうと染みるのか。

嬉しいのか。

励まされるのか。


逆に、

今そんなこと聞かれても~と困ってしまうのか。

不安を煽られるのか。



(あくまでも私にとってですが)



相手を説得したりするときに有効な


「私の気持ち」を現す I メッセージは


お見舞いの言葉がけには向かないんだなぁと感じました。



受け取り方もそれぞれですから

正解はありませんが

今回の この経験を生かして

もっと相手の気持ちに寄り添える人になりたいです。


Shinobu

自己客観視


最近の若い人達は、物事を俯瞰して捉える傾向があり、

自己客観視ができてる人が結構多いそうです。


それは、


生まれたときから、ビデオカメラがあり

幼いころから自分の姿を客観的に見ることに

慣れているからという話でした。



家に、ラジカセや留守番電話がやってきて

録音された自分の声を初めて聴いたときの違和感。

ビデオに撮られた自分の姿を見たときの恥ずかしさ。



若い人は、当たり前にあったから

そんな衝撃を味わったことがないんですって。


30~40代以上の人たちには、自己客観視の

トレーニングをする必要があるのかも

しれません。



だから私は、ケアエクサを必要としているのだろうな。




犬って自分のことを人間だと思っているから

鏡にうつった自分の姿をみて

驚き、怒り、よその犬がいる!と思って

ワンワン吠えるんですよね。



自己客観視できてないねぇ。(笑)



Shinobu