先週末小・中学校のクラスメート数人と久々に会いました。

昔話はお互いの記憶を合わせるとジグソーパズルのように
当時の記憶が鮮明になっていくので、
思わず忘れていたことを思い出すから不思議です。


友人との話で一つとても引っかかったことがあります。

今回誘ってくれた友人Uはフルタイムで働きながら、

お子さんがこの春有名御三家の中学に入学しました。


そのUが先日別の中学の同級生何人かと会ったそうです。

その中の一人Fは専業主婦で、その息子さんは小学校受験をして、

さらに塾も家庭教師もつけて中学受験をしたけれど、

結局その小学校付属の中学に入り、大学受験をし、

中堅どころの大学に入りました。


FはUに「あなたには小学校受験は無理でしょう。」とか、

自分がいかに子どもの受験に心底力を傾けてきたかと話したそうです。


その話を聞いて、Fの息子さんは大丈夫だったのかと心配になりました。

本人が希望して、何回も受験しているならいいのですが、

お母さんが子供の気持ちを置き去りに、自分の果たせなかった夢のため、

息子さんを通して自己実現させるためにだとしたら、その子が可哀想に思います。


たぶんFは、息子さんのことは彼女の考えたようには実現せず、

不満足な結果に終わったのだろうと思います。

そうでなければ、友人Uの息子さんの話を聞いて難癖をつけたりしないでしょう。


親だから子どもにいい学校に行って、将来少しでもいい暮らしが

できることを望むものですが、子どもの気持ちを置きざりにしていいのでしょうか?

こどものためと言いながら実は自分の果たせなかったことを

こどもに望んで、そのためにこどもの将来を

決めてしまっているのではないでしょうか?



我が家の息子も今進路の分かれ道。

半年前からころころ変わるので、最初は翻弄されていましたが、

結局は自分の道。自分が納得して将来を決めればいいこと。

多少アドバイス(素直に聴きませんが…)をすることはあっても、

あれこれ言わず、悠然と構えることにしました。


親は経済的な支援はできるけれど、

自分の夢はこども自身が努力してつかむもの。

例え失敗してもそれが糧になって、その後の人生に活かされると思います。


さて、来春はどうなっていることでしょう。
やはり、心配は心配ですけどね。


息子の留学時に留学機関から言われたことです。

親は3つのMを実践してください。

「任せる。 見守る。 待つ。」


kumiko