違いを認めると世界が広がっていきます。

異文化交流などもそうですが

英語の学習においても、よく言われているのが

日本語と比較して、その違いを知ることで

理解が深まるということ。

語順が違うことひとつとっても

なんで?覚えるの面倒だなぁって思い続けるよりも

なるほど、そうなんだ、と理解していくようになると

面白みが生まれたりするし、力もついていきます。

これは自分の許容範囲を広げているということ。


人との関係もそうだと思うのです。

やだ、この人とは価値観が合わないわって

思ったこと、みなさん少なからずあるでしょう。

接点のない人ならそのままでいいけれど

一緒に仕事をしたり、ましてや家族だったら???


英語を勉強するときに、日本語と比較することはしても

英語のルールに日本語のルールは持ち込まないですよね。

相手を理解したいと思ったら

自分の感覚はいったんおいて、

相手の気持ちになってみる。

(なかなか難しいですけど!)

そうすると、その思いを想像することができるかも。

だれもが人とぶつかろうとしているわけではなく、

本当は理解しあいたい、理解されたい、理解したいと

そう思っているのではないでしょうか。


ひとりひとりは違って当たりまえ。

同じ環境で育った兄弟でさえ、

もともとの性質もあるし、感じ方は違うはず。

そんな大前提を忘れてしまいがちですね。

違って当たり前なのだから、まずはそれを認めること。

違うことに、いい・悪いはないのです。


違いを知ると、たくさんの発見もあり

世界が広がっていくと思います。

自分の価値観だけで生きているのはなんて狭い世界!

人の価値観も知ることで

自分自身の幅が広がり、豊かになっていく。

認める心は、相手を尊重する心。

穏やかな心でないと、なかなかできないことかもしれません。

無視したり、無関心でいたり、あきらめてしまったり、

あるいは、自分の感情だけを押し付けたり、

そのほうが楽かもしれませんね。

でも、どうしてわかってくれないの?と思うなら

自分もわかろうとする気持ちを持たないと。


理解しあえる関係性は本当に素敵です。

心の安らぎも生まれます。

すべては違いを認めるところから。

違って当たり前と思うことから。


しかし聖人ではないですから

自分の感情がうまくコントロールできない日もありますね。

あぁ、やっちゃった。

失敗しちゃったなという経験をしながらも

いつも頭の片隅に、

違いを認めることの大切さがインプットされていたら

きっとまた仕切り直しができるかなと思うのです。


「みんな違ってみんないい」

これは個性があることはいいことだよ、という単純な意味ではなく

さらにその先を表していると思います。

個性あるみんながバラバラに存在するのではなく、

お互いがそれを理解しあい、尊重しあうということ。

それが一番素晴らしいのだと

そんな風に思います。


miwako