月に1回の行っている絵画セラピーの勉強会では

自分についても、深く学んでいきます。


前回、私の中で今まで言葉にあまりできなかったことで

言えるようになったこと

それは

競争をするように育てられてきたこと。

兄弟間で、いたわりよりも、ライバル心が育ってしまった

勝気な性格になったのは、

この育てられ方があったからだと思います。

また、それが性格的にも自分に合っていたから

そこに疑問をあまり持たず、素直に育ったのだと思います。

それを聞いてもらった後の先生、仲間からのコメントで

一段深く心を見ていくと

兄弟に負けたくない、と思っていた心の

一番深いところには、

母親に認められたい

という、思いがあったことでした。

認めてほしい人に、あるがままに認めてもらえてない

と思ってしまったから

(親は認めていたのかもしれないけど、
私には伝わっていなかったから)

代償行為として、

多くの人に認めてほしいとがんばってしまうんだろう

どの場面でも、負けたくないと思ってしまうのだろう

と思ったのでした。

自分だけでも、育てられ方と自分の性格のありかたの

関係性は気づいていましたが、

そのさらに奥深くにある思いには、

人に話して、思いをこちらに伝えてもらって

初めて気が付くことでした。

そして、前回の仲間のブログで、「自分をほめよう」

ってあったけど、ほんと、今の自分にぴったりの言葉でした。

でも、自分でほめて、自分で自分を認めていても

どこかぬぐえない「穴の開いている感じ」

それは、もしかしたら、

「自分の理想でない自分を、認めたくない」

気持ちから、来ているのかもしれません。

「だけど、もっと頑張れる」

って思いは、ポジティブに思えますが、

「今の自分を否定している」

ことにもつながっているように思います。

頑張るのは、大切なことだと思います。

でも、その思いの一番土台がなになのか

そこまで深く、自分を見ていくと

その先に待っているのは、なんなんだろう。

まだそこにはたどり着けていませんが、

なんとなく、そこに待っているのは

「楽に自然体ですごせる毎日の幸せ」

のように思います。


こんな「思いを語り」「思いを返してもらい」

ながら、「自分の心のありどころ」を

見つめていくことを

ケアエクサでも行っています。

youko