絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

September 2015

どんなじぶん(2013.2記)

インターネットニュースで人気の記事は

「こんな◎◎は 嫌われる」


雑誌のタイトルでも

「愛され服」特集は大人気。


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他人の評価を恐れる日本人気質なのでしょうか?

TV番組でもCMでも「脅し系」ばかり。


「このままでは ○○になってしまいます!」

「あなたの▲▲大丈夫?」

「いまなら間に合う!!」


とか。


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みんな 競争社会を助長する メディアに煽られて、焦って、苦しんで。


・本当は何が好きなのか?

・何がしたいのか?

・どうなりたいのか?



【じぶん】 が置いてきぼりの人が多いこと。




周りの評価を恐れるのをやめよう。

自分の足でしっかり立とう。


耳をふさぎ、目を瞑り、嫌なことをスルーするのではなく、

しっかりと向き合い 見て聞いて、自分で判断できるようになろう。

切り捨てるのではなく 理解しよう。

自分の心と対話して 納得してから前に進もう。




そんな自分になりたいし、そんな子育てがしたいです。



shinobu

 

辛さを乗り越える(2013.2記)

小学生の頃 クラシックバレエを習っていました。

バーレッスンは辛く、先生は厳しかった。

でも、色んなことがどんどんできていくのは楽しかった。

褒められたら嬉しかったし
注意されても嬉しかった。

だって先生はいつも

「注意されなくなったら、終わり。
それ以上は伸びないってことだから。」



だから、かな。

今でも、耳に痛い言葉を言われると
痛いし嫌だけど
とてもありがたいなって思う。


子どもにも伝えてる。

諦めてないから、伝えるんだよ。

注意されなくなったら、終わりだよ。



わかるかなぁ。
わかんないかなぁ。


でも、いつかわかって欲しいなぁ。


youko

 

豊かな枝葉を(2013.2記)

昨日参加した学びの場で
たくさんの心に響くメッセージを受け取りました。

そのなかのひとつ。

子どもが成長していく過程で

いかに豊かな枝葉をつけるかが大事かということ。


今の世の中、効率的なことばかりを考えて

無駄を削り、最短の道を歩むのがいいと考えてしまう傾向があります。

むろん、ビジネスの現場ではそうなのかもしれませんが

子育ての場面において、それはNGです。

焦ってはいけません。
焦らせてもいけません。


一見無駄に見えることがどんなに大切か?

知識だけでは生きていけないのです。

自分で体験したこと、感じたことが、すべての確かなベースになるのです。


教育の現場にいるとよく出会うパターン。


お子さんが優秀なので、更に先を求めて
うちの子どもはもっとできる、もっと上を、と際限知らずのお母様。

子どもはお母さんに認められたくてがんばります。

でもそのうちに息切して、表情も暗くなり、まったく楽しそうには見えません。

そして(天才児をのぞいて?)繰り返し学ぶことを避けて一直線に駆け上がっていった多くの場合、
うわべだけをすくった学習になるため、前にやったことを忘れてしまう。

記録は打ち立てても、果たしてどんな力がついたのか??

というケースも往々にしてあるのです。



そんなに多くを求めないで。

先ばかりを見ないで、今この時を見て認めてあげてほしいのです。

今できていることを十分ほめてあげて、

その子のペースにあった、ちょうどいい進め方で学習ができる時、

頭だけでなく体も心も納得して、充実した学習体験ができます。

自分でわかった、できた、ここはもうばっちりって、自信を持てるのです。



目に見えることだけが成長ではない。

まっすぐ一直線に伸びることだけを目指してはいけないのです。

勉強だけじゃなく、たくさんの実体験を積み重ね

いいことも悪いことも知識ではなく経験として学び

心の底から楽しんだり、悔しがったり、泣いたり、怒ったりも

ちゃんと体験していってこそ

豊かな枝葉がついた、立派な木に成長していけるのだと思います。


安全な道ばかり選んで、親がコントロールした人生を歩み、

横道には一度もそれずに歩いて行ったとしたら

どんな大人になるのでしょう。

それは誰の人生を歩んでいるのでしょう?


子育ては効率を意識してはいけません。

いかに豊かな枝葉をつけていけるかを考えたいですね。

豊かな枝葉はその子の自信につながります。



miwako

 

魂の望むこと(2013.2記)

「いつやるの??」

「今でしょう」

某予備校の先生がCMでおっしゃっていますね。


これは人生においても言えているなぁ とつくづく思います。


心の隅に追いやっている問題点は、確かに 先延ばしにしていても

いつかは取り組まなければなりません。

いつかは向き合わざるえなくなる時がきます。


でしたら、気づいたその時にきちんと解決した方がいい。


何故なら、隅に追いやり、
それに気づかないふりをして問題から逃げていると、

「この程度では、クリアすべき課題にまだまだ気づかないのだな」

と、更に大きな課題(自分にとっての困った問題勃発)を
与えられるからです。




一旦逃げて 一瞬楽になっても、またすぐに次の問題に見舞われます。

たとえ問題の相手は違っても、出来事は変わっても

ひも解いてみると至って簡単!

実は、
問題の根っこはいつも自分自身の一つの所から起こっていること
なのです。

ですから、繰り返し同じようなマイナス感情や思いに見舞われる方は

その根っこをちゃんと見て取り組んでいかなければ、

苦しみからは解放されないのです。




「今の状況が苦しい」「辛い」とおっしゃっていらしても

問題が自分自身の深い所から派生している・・・

という段になると とたんに心を閉ざし、

全く違う側面へと話を誘導しようとしてしまう方も少なくありません。


そんな方は悲しいかな、どこを訪れても、

誰に救いを求めても(答えは自分の中にありますものね)

結局はなんの解決にも至らず、只周りに対する不信感を強め

更に頑なになるといった悪循環を生じさせます。


そうして もっともっと奥底にと閉じ込められた問題は悪露となり
その人自身をまた苦しめます。


かたや、その時痛くとも、本当に苦しくとも

キチンと自分の問題と向き合い、自分なりに真摯に対処していく人は

その問題が解決した時 目を見張るほど人としての成長を遂げ、

自分の人生を自信を持って生き生きと歩まれて行きます。


最近では、ケアエクササイズに継続して来れる方々の中にも
本当に真摯に自身と向き合い、
そのように素晴らしい変貌を遂げている方々が増えてきています。

その人の魂の、とても崇高な部分を見せて頂いているようで

そして、その人を通して人間の本質をも見せて頂いているようで

傍らにご一緒させて頂けることが とても有難いです。



ワタクシが最も尊敬し、敬愛して止まない
エリザベス・キューブラー・ロス博士も語っています。


命の唯一の目的は、成長することにある。

究極の学びは、無条件に愛し 愛されることにある。


自分自身を愛することができずに、どうして人を愛することができるのか。

自分自身を信じることができずに、どうして人を信じることができるのか。


だからこそ、まずは自分自身のことから始めなくては




みてても、いい?(2013.2記)

「みてても、いい?」

絵本の題名です。

ひとりぼっちのきつねとそんなきつねをみているうさぎちゃんの

心温まるお話です。


本の帯に・・・・


きつね「だれかが、みててくれるってわくわくするんだな!」


しらなかったよ


うさぎ「だれかを、みていたいのってうきうきするんだね!」



みててほしいって思います。


だんなさまやおくさまやお友達、
ご両親でもお子さんでも

誰かがみててくれると

勇気と力が沸いてきます。


自分も大切な人たちのこと

ずっとみていたいです。


寒い日、心が温まるものも必要ですね。



みてても、いい?


みてても、いいよ




michi

 

パワースポット(2013.2記)

近年 パワースポットが 脚光を浴びています。


私も、神聖な気が満ちている場所に身を置いてみたいなと思います。

樹齢数百年の樹に出逢えば触れてみたくなります。



先週、ホームステイを受け入れました。

最初は緊張気味だった子が、段々リラックスして

まるで自分の家のようにくつろいでくれるのは嬉しいものです。




家も 家族にとっては 身体と心を休め、元気をチャージする

小さなパワースポットなのかもしれません。



風通しを良くし、清潔に保ち、いい気で満たして

「おかえりなさい」 と 笑顔で家族を出迎えたいなと思います。



今日のアロマは「ひのき」の香りです。


sinobu

 

決めつけない(2013.2記)

時々子どもに怒られます。

「決めつけないで」って。

きっとこうに違いないって思ったことを言ってしまう。

親子だから、あまり気兼ねもなく。

子どもからそういわれて、あぁまたやっちゃったと反省。

ついつい自分の感じたことが正しいと思いがちだけれど

そんな根拠はどこにもないのですよね。

もしかしたら図星だったのかもしれないし(しつこいですねー笑)

本当の思いは違うところにあるかもしれない。

真相はわからない。

でも、一方的に決めつけて言うのはよそうと

ここ数年心がけています。




決めつけるってこわいことですよね。

そこで限界をつきつけているような。

他の可能性を否定しているような。



この子はこういうキャラだからとか

私はこういう人だからと

決めつけてしまうと、

もしかするとそれにだんだん慣れていって

そこから抜け出せなくなるのかも。


時々見かけます。

本当はきちんとできる力があるのに

まわりのいつもの評価に応えるかのように

自分のおふざけキャラを演じ続けたり、いい加減な態度をとってしまう子。


大人でもいますよね。

私はこういう人だからと、マイナス面を知りながらなかなか直せない人。


いつもの自分、

それが安心なのかも。

これもkimiko先生が先日おっしゃっていた「人生脚本」なのかもしれません。



よりよい自分になりたいなら、自分にレッテルを貼らない。

よりよい子育てをしたいなら、子どもにもレッテルを貼らない。


決めつけることで、どんなに可能性をつぶしているか。


可能性のない人なんて一人もいない。

一歩踏み出せば道は続いていくのです。


「決めつけない」ことで、もっと自由に羽ばたけるのでしょうね。

そう、いくつになってもです!



miwako