絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

July 2016

まぁるい気持ちで

子どもの心が荒れているとき、

売り言葉に買い言葉では

気持ちが休まるどころか

火に油を注いでしまいます…

どんな時も、客観視して

冷静でいるって

本当に難しいことですが。


仕事柄、たくさんのお子さんと接しています。

先日、もう、何があったんだか

どうしようもないくらい荒れまくった子がいました。

何を言っても心に響かない。

こちらもやるせない気持ちになりました。

今日はお手上げ!とあきらめました。

心にどんよりしたものが残りました。


でも時間がたつにつれ、

あぁ接し方を間違えてしまったなと気づきました。

気持ちがささくれだっていたことには

絶対なにか原因があったのでしょう。

ひとつのことではなく複合的だったのかもしれません。

そんな彼自身もどうしようもない

嫌で嫌でしようがない状態のときに

正しいことや、やるべきことを伝えてみたって

それは私側の都合でしかなかった。

とがった態度に、正論を向けても何の意味もなかった。

時に甘くしすぎてはいけない、とか

毅然とした態度も必要、という場面もあるけれど

さじ加減が難しいですね。

親だって自分の子どもに対して

どう対応するのが正解か、迷うことがいっぱいです。


とがった気持ちにとがった対応をするのはダメ。

とにかくそう思いました。

今度会ったら(私のところに来るとは限らないのですが)

前回のことも何ももちださず、

まぁるい気持ちで接しよう!と決めました。

始めの挨拶が肝心。

でも、大げさにすることなくいたって普通に穏やかに。

すると昨日は、若干神妙な態度でやってきて

(ちょっと反省してたのかしら?)

口数少なく(いつも切り返しに長けたおしゃべりさん!)

音読をほめられちゃったりして、

まじめにささっと学習していきました。

いつもささいなことで、あちらこちらで注意されている子です。

頭もいいし、いいところがたくさんあるのに

なんだかマイナスの方でめだってしまう。

「どうせ何やってもほめられないし、ダメなんですよ」って

つぶやいてくれることもありました。

「親にも、赤ちゃんの頃からほめられた記憶がない」って

どこまで本当かわかりませんが

ぐちをこぼすようなちょっと話術に長けた大人びた子です。


彼の良さをいっぱいわかっているつもりだったのに

とんがった態度をされて、私もちょっとショックでした。

でも、それも試されていたのかな、と

あとから思いました。

彼の芯の部分を信頼しているなら

どんな時も、まぁるく受け止める覚悟を決めよう。

まぁるい気持ちには、反発心も薄れるはず。

その場ですぐには無理だとしても。


昨日、穏やかだった彼を見て、

他の先生方と、よかったね、と目配せしあいながら

私も嬉しい気持ちで帰宅しました。


そして今朝!

卒論発表の準備をぎりぎり徹夜でしていた次女。

朝はすこぶる機嫌の悪さ

言葉がとげとげしています。

しかし今朝の私は、まぁるい気持ちで…

「ぎりぎりまでやっているのは準備が足りないから」とか

「そんなに髪の毛に時間かけてないでさっさと行きなさい!」とか

自分に置き換えたら絶対言われたくない、

今言われてもまったく意味をなさないような

マイナスの言葉は封印して

「寝てないの~?それはがんばったねぇ。〇〇食べる?」

くらいの言葉がけ。

そうしたら、まぁるい気持ちが伝わったのか?

「今日は、これこれこんなスケジュールで大変なんだよ」と

いつも言わない予定を教えてくれて言葉も穏やか。

「途中で寝ちゃいそうだね~(笑)」なんて言って

「発表がんばれ~」「いってらっしゃ~い」

「じゃあねー」と

ちょっとイライラも収まって出かけていきました。


やったぁー、作戦成功

まぁるい気持ちで接しようと決めただけで

子どもも穏やか、私も穏やか~

こちらにも心の余裕がないとできないことです。

でもそれが習慣になったらいいな。

作戦とか言ってますが、

まずはそう決めて、自分に言い聞かせて

とにかく実行してみること。

つい愚痴が先にでちゃいますからね

そうしたらその結果(気持ちがほっこり)を体感できる。

いつもうまくはいかなくても

失敗したり反省したりしながらも

まぁるい心は、とげとげのクッションになる!

それを覚えていたいです。

きっと身近な家族に対してが一番大変かな??

みんなの心がまぁるくなったら

空気感も変わりますね。


意識していきたいです

まずは意識するのが大事です。

いっしょにがんばりましょう~



miwako













よりそうということ

先日、思いがけず緊急手術をすることになり 

スケジュールが狂ってしまったので 

連絡せねばいけない人達に

取り急ぎ報告をして、

しばらくメールやラインやメッセージのやりとりが続きました。


前から予定していた手術ではなかったので

まず自分自身に心の準備も余裕もなく

一体何が起きたのか理解できず

慌てました。



みなさん 心配してくださり とってもありがたかったです。



幸い これまで、心配する側だったことが多いので

弱っている人に どのような言葉をかけたらよいのか

分からずにいましたが

今回のことで



どんな言葉をもらうと染みるのか。

嬉しいのか。

励まされるのか。


逆に、

今そんなこと聞かれても~と困ってしまうのか。

不安を煽られるのか。



(あくまでも私にとってですが)



相手を説得したりするときに有効な


「私の気持ち」を現す I メッセージは


お見舞いの言葉がけには向かないんだなぁと感じました。



受け取り方もそれぞれですから

正解はありませんが

今回の この経験を生かして

もっと相手の気持ちに寄り添える人になりたいです。


Shinobu

自己客観視


最近の若い人達は、物事を俯瞰して捉える傾向があり、

自己客観視ができてる人が結構多いそうです。


それは、


生まれたときから、ビデオカメラがあり

幼いころから自分の姿を客観的に見ることに

慣れているからという話でした。



家に、ラジカセや留守番電話がやってきて

録音された自分の声を初めて聴いたときの違和感。

ビデオに撮られた自分の姿を見たときの恥ずかしさ。



若い人は、当たり前にあったから

そんな衝撃を味わったことがないんですって。


30~40代以上の人たちには、自己客観視の

トレーニングをする必要があるのかも

しれません。



だから私は、ケアエクサを必要としているのだろうな。




犬って自分のことを人間だと思っているから

鏡にうつった自分の姿をみて

驚き、怒り、よその犬がいる!と思って

ワンワン吠えるんですよね。



自己客観視できてないねぇ。(笑)



Shinobu


もう1歩踏み出すには!

いつも延々と愚痴を言い続ける人、

まわりにいないでしょうか?

愚痴とは言わなくても

漠然とした心配事(老後の不安とか?!)を

そのままずっと持ち続け

あぁ心配~と言っているだけとか。



だったらどうにかすればいいのに。

そう言われてみればそうです!

愚痴や心配を口にしているだけで

なんの対処も行動もとらないことって

結構思い当たる人が多いのではないでしょうか。


仕方ないとあきらめているのか。



実は実は、それって

何もしないことが自分にとって一番楽だからなんですって!


行動する、何かを変える、

それによってどう変化していくかは

やってみなけりゃわからない。

うまくいくか失敗するかどうかも未知数。

それは無意識に不安につながっているのだそうです。

不安を選択するよりは愚痴をとる。

慣れ親しんだ現状維持。


そして漠然と

自分はなんにもしないで

勝手に環境が変わってくれることや

誰かがどうにかしてくれるのを期待したり、

私ががんばるのはおかしい、

今がうまくいかない原因は相手にあるのだから!と

憤慨してみせたり。

これって他者に自分の人生を委ねてるってことです。


でも、誰の人生なのでしょう?

自分が動かない限りは何も変わらない、

自分が変わるしかない、

それがわかっている人は強いです。

自立しています。


どうなりたい、どうありたい、

そんな思いがあるのなら

勇気を出して1歩前に出てみなくては!


あぁそれでも

現状維持ほど楽なことはありませんよね

だったら不満も愚痴も言わなきゃいい。

自分でそれを選んでいるのだから。


そうですよねー

頭ではわかる。



1歩踏み出してみたら

周りの景色も劇的に変わったりするのかも!


失敗しても経験値、と覚悟を決めて、

勇気をもって前に進んでみる。

きっと初めの1歩がとっても大変なだけ。


愚痴を言い続ける自分がいいか、

前に進む自分がいいか。


ほんの少しの勇気と決断力!

いきなり大それたことをしなくてもいいのです。

まわりのちょっとしたことから

少しずつ少しずつ積み重ねて

昨日の自分と違う自分、

少しでも前に進む自分を意識できたらいいのかな。


はい、少しずつはやってきました。

でも、まだまだだなぁと思うこともたくさん。


先送りにしない自分、

無理そうとあきらめない自分、

行動する自分を目指したいと思います!



Miwako