絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

miwakoの部屋

隠れていた思い

先日、友人宅でのことでした。

おしゃべりに夢中になっていたら
途中でわんちゃんが登場~
すごくかわいくて、甘えん坊。
みんなに、ぴょんっと足をかけて
抱っこしてもらいたそうにしています。

そのわんちゃんが、私のもとに来たとき、
なでなでして、さぁ、抱っこしようかと
身体が動いた瞬間、

心がぎゅっと締め付けられて
「あ、だっこはできないかも…」と、
泣きそうになってしまったのでした。

我が家の愛犬、コーギーが
13歳で亡くなってから、もう1年。
悲しくて悲しくて…という気持ちは
もう忘れていたはずでした。

それなのに、悲しい、切ないという感情が
一瞬にしてよみがえってきて
今、ほかのワンちゃんを抱っこしたら
涙がとまらなくなりそうで、
それをぐっと抑えたのでした。

抱っこできなくてごめんね。
なんか思い出しちゃって。

それを言うのが精いっぱい。

頭で考えることと
心が感じることのギャップの大きさに
とてもとても驚きました。

本当に、予想外のできごと。

でもね、そんな心に気づくことができて
愛犬への思いを再確認できて
暖かい気持ちにも包まれました。

別に、悲しい思いを
閉じ込めてきたわけではないけれど。
忘れようと特別に努力したわけじゃないけれど。

まだそんな気持ちが残っていた。
というか、悲しい気持ちは
ずっとずっともっていていいんだな。
だって悲しい出来事だったのだもの。
そんな単純なことに気づいたり。


人は大人になるほど
頭で考えて解釈をつけて
ものごとを解決していますよね。

高齢だったし、
治療方法もなかったし、
仕方なかったよね。
でも最後まで一緒にいられてよかった。
お見送りも家族そろったし。

そんなことを自分に言い聞かせていたけれど
「悲しい。寂しい。」という感情には
なんの説明もいらなかったんだなぁ。

悲しいよね。
それだけを自分が受け止めればいいんだなと
今さらながらに思いました。

感じたことをそのまま受け止める。
自分の思いを大事にする。
理由や説明はいらないですね。

今回のできごとでようやく
「悲しい」という思いだけを
シンプルに感じることができました。

この話を風に揺れる木々の勉強会でしていたら
またまた涙があふれてきて…

やっぱり忙しさに追われて
悲しい涙も流し切れていなかったのかな。

涙で浄化されたような気持ちです。

心って不思議ですね。


           

7か月ぶりのメディテーション内観法

新年度を迎え、あぁこのタイミングで
やってみたいなぁと思っていたら、
7か月ぶりにこのワークを体験できました。

どうぞ過去の記事もご覧ください。

☆メディテーション内観法再び…
http://kazeniyurerukigi.blog.jp/archives/1061071227.html


本当に何度も何度もやっているのですけれど
絵画セラピーと同じく、
あれこれ知識があったとしても
それがまったく邪魔にならずに
今だからこその風景や物があらわれる不思議。

自分をとりまく環境の変化にあわせ
自分の心持ちもずいぶん変化したことを
改めて自覚して、嬉しく思ったり、
これからの方向性、自分がやりたいこと、
大切にしたいこと、
それらがメッセージとなって現れました。

水辺を越えて、自分の行きたい場所に行く、
という場面があるのですけれど、
これはその人にとっての人生のとらえ方だったりします。

荒波の海だったり、広い川だったり、
霧に包まれた沼だったり、
静かな湖だったり、池だったり。

向こう側にたどりつく方法も、
船に乗ったり、ボートをこいだり、
素足でバシャバシャと水に入っていったり、
水辺の道をゆったり散歩していくんだったり…
都合よく橋が現れて、
簡単に渡れたりすることもあります。

前回?前々回?私は、確か
自分でボートを漕ぎたい!
自分の力で進みたい!と思ったのでした。

それは本当にその時の心持ちとぴったりマッチング。
漕ぐことを楽しみたいと思った
そんな自分をえらいなぁと
応援したくなったりしたものです♪


そして今回の水辺は…

とってもかわいい春の小川でした♪
両脇には草が青々と茂り、
小さなお花もたくさん咲いていて、
とても澄んだ川なので
メダカまで泳いでいるのが見えました。

いつのまにか小学生の自分にもどっていて
「こんなのかんた~ん!」と
川をひとっ跳び。
楽しくて仕方ありません。

向こう岸には、子どもが数人いて
見たことのある子も、はじめての子も
一緒に仲良く野原で遊びました。

あとから振り返れば
なんだか仕事に直結していた感じです。
今まで出会った子、
これから出会う子。
きっとそういうことだったのかな?

川を飛び越えちゃったくらいですから
心もとっても軽やか。
気分爽快でした。


この日、もうひとつ、おもしろかったのは
一緒にワークを体験した3名が
同じように、『中世』がキーワードのものを
瞑想の中で見ていたこと。

いろんな不思議が訪れますね~

絵画の時も、なぜかわからないけど
これを描きたい!と思って描くことがあります。
こんな色にしたい、と湧き上がる思いがあります。

瞑想の中でも、なぜかわからないけど
思いもよらないものが見えるのです。

どちらの場合も、
ふと湧いてくる感じ?

これも人によって感じ方が違うかもしれませんね。

そして、自分の内にあるものを
自分がちゃんと受け止めてあげること、
この経験がとてもいいものだなぁと思うのです。

絵画セラピーやケアエクササイズ、
どうぞ体験にいらしてくださいね。


miwako





モニター企画のご感想その1と絵画あるある

先日、駒込で開催した
おとなのための絵画セラピーモニター講座の
ご感想を少し紹介させていただきます。

Iさん
 不思議な気分。(直後のご感想)
 参加しようと決めたときは、
 ちゃんと自分を作らずに絵にするなんて
 無理じゃないかなと思っていたんだけど
 すごく素直に絵に向き合えたように思えた。
 (翌日のご感想)

匿名さん
 気づかなかったことに気づかされました。
 絵を描いているとき楽しかったです。
 描いた絵も好きです。


お二人とも、終わってからじわじわと
いろいろご自身に落とし込んでくださったようで
とても嬉しく思います。

そしてとても大切なことを伝えてくださいました。

「絵画あるある」のひとつ。
やっぱり大人って、自分の心が本当に現れるのか?とか
いやー、自分で頭で考えて
見栄え良く仕上げちゃったり、できちゃうんじゃないか?とか
事前にはいろいろ考えますよね。

私自身も、初回は半信半疑でした。
自分を開示することにも慣れていないわけですし
自然体でできるのかな?って。

でも、できちゃうんです。
リンパマッサージで身体をほぐしたり
瞑想で心がとても緩まったり…
そんな後に描くときには
あれこれ考えちゃったとしても
ちゃんと自分が写しだされるのだと思います。

その証拠に、みなさん
なぜかこれを描きたくなったとか
知らず知らずのうちに描いているものがあります。
きっと心が描かせているのです。


K先生曰く、なぜ参加しているのか?
その目的が、セラピストの実力を試したい?とか
混乱させたい?とか
偽りの自分を見せたい?とか
そんなモチベーションで参加する人っている??

そんな悪意のあるご参加の方はおりません。
お金を払ってまで、なんのために?ってことですよね。

だから、多少の不安があったとしても
皆さんちゃんとご自分の心を描かれるのです。
回を重ねるほど、より自由に♪

「自分の描いた絵が好き」というご感想も
とても嬉しく伺いました。
最高のプレゼントをいただいた気分!

「今の自分を受け入れる、今の自分が好き」
そんな風に思っていただけたら
きっと次の一歩につながります

皆さん、ご自身を客観的にみつめて
「今」を受け止めてくださったんだなぁと。
絵画セラピーがそんな役目を果たせたこと、
とても嬉しく思いました。

もうひとつの、「絵画あるある」は
眠くなること  (特に初めての方)

リンパマッサージで血流をよくしたり、
絵画で自分にたまっていた思いを発散したり、
心も身体も緩んでいます。
それは心地よい疲れのようだったり
風邪の初期症状のようだったり、
とにかく睡魔に襲われたり…
デトックスにもなっている?

今回も皆様、やたら眠くなったと
そんな報告をいただきました。
もちろん、風邪ではなく~

絵画セラピーは深層が現れるから怖い、
と思う方も大勢いらっしゃるかと思います。
でも自分を一番知ってあげて、
一番応援してあげられるのは自分自身。

絵画セラピーを続けて
その時々の自分を丸ごと
ふわっと受け止めてあげること、
それだけでも心の栄養になると思うのです。
自分と向きあう、自分を知る、
自分をねぎらう、自分を緩める、
次への活力をチャージする、
すべてプラスに応用していただけたら
こんなにうれしいことはありません。
しかも、答えを自分自身が描き出しているという
驚愕の事実??

そうです。
すべての答えは自分自身がもっているのですから
それを見ずにいるのはもったいない。

それでも無理そうだなーと思う方は
今がタイミングではないのでしょう。

ご縁がありましたら、どうぞお問い合わせくださいませ。

モニター企画もつづいております


HPです↑
















 


小麦粉事件


思い出話です。

子どもたちがまだ保育園に通っていたころ…

ケーキをつくることにしたのに
いざ始めようとしてみたら
小麦粉がわずかしか残っていませんでした。

歩いて2分のところにコンビニがあります。
小さいサイズの薄力粉があるはず。
そこまでだったら兄と妹、
2人でお買い物にいけるかな?
お店の人も親切だし。

私はまだ赤ちゃんだった末っ子とお留守番。
ケーキ作りの準備をすすめていました。

ついでに何を頼んだか忘れてしまいましたが
2人が息を切らせて帰ってくると
「小麦粉はなかったー!」と残念そう。

そうか、小麦粉ではなく薄力粉というべきだった。。。

「こういう袋のなかった?」
と家にあったものを見せると

「それ、あったよー。
 クッキー・ケーキってかいてあるから
 絶対これだって言ったのに
 お兄ちゃんが違うっていったんだもん」

妹はちょっと不満そう。

「だけど、クッキー・ケーキ・うどん
 って書いてあるんだよ。
 小麦粉じゃないし!」

お兄ちゃんは、お兄ちゃんなりの考えがありました。

私は、なんだかお店の中での
ふたりのやりとりを想像して
楽しくなってしまいました

「ごめん、ごめん、
薄力粉って言わなかったママがいけないよね。
ケーキとうどんの材料がおなじだなんて
びっくりしたねー」

いっぱい頭を使って考えたんだね。
お店の人には聞けなかったか。
まぁ仕方ない。

それでも、小麦粉以外の買い物は
(たしかお菓子だったかしら)
ちゃんとできたので
2人とも満足そうな様子でした。

はじめて2人でいったおつかいだったし♪
冒険気分だったのでしょうね。


「じゃぁ今度はSちゃんのこと見ててあげて。
ママがぱっと買ってくるから!」

そう言って私も徒歩2分、走れば1分のお買いものへ。

そして、みんなでわいわい言いながら
いちごのケーキをつくりました。
あれはクリスマスの頃だったかしら?
1月のパパのお誕生日だったかしら?

このできごとは、当時、小麦粉事件として
話のネタにしていました

お買い物をお願いして、
その結果だけ見たら失敗なのだけど
覚えたてのひらがなを読んで
一生懸命考えたのは
なんてすごいことなんだろう!

大人から見たら簡単そうなお買い物も
子ども目線でちゃんと伝えてあげないと
難しくなっちゃうんだなぁ。
これは私の反省。

2人の性格もそれぞれだけど
最後にお兄ちゃんをたてたのも偉い。
けっこうお兄ちゃんを信頼しているかも?
「買わない」決断をくだした兄も頼もしい!

なぁんて、親ばかですけどね。

あー、このときさらに思い出したものです。
10歳くらいのとき、
カツ3枚(お肉屋さんでその場で揚げているやつ!)を
頼まれて、いそいそ自転車で買い物へ。
今はなき、商店街、
母としょっちゅうお買い物に行っていたお店です。

ところが「カツ」というお品書きはどこにもなく…
いつも食べているカツが、とんかつだって
わかっていなかった私は、
とんかつは高級品のはずだから違う?と思い
違うだろうなー、でもおかずがなくても困ると、
イチかバチか
安いハムカツを買って帰ったのでした。

人生初のハムカツ。

でも母には全くおこられませんでした。
お兄ちゃんには、「何やってんだよー」って
言われた気もしますが、
「たまにはハムカツもいいかもね」みたいな
流れになり…
居心地の悪さはいっぺんになくなりました。

失敗したことより
一生懸命考えたことを
認めてくれてたんだなぁ。
きっと自然体で、まぁ仕方ないと
思っただけとも言えますが。

母にしてもらったことが
私の中でも自然と生きているのかもしれません。
ありがたいことです。

小麦粉事件の前に、ハムカツ事件あり!
でした~






やるかやらないかなのだ

できるかできないかは問題ではなく
やるかやらないか。

今はそんな言葉が
自分の中に大きくあります。
自分のテーマなのかな?

みんながいいと言っている本でも
自分にはあまりしっくりこないものがあります。

また、繰り返し読む本からも
その時々で受け取るメッセージが変わったり
なんてことも。

タイミングってありますよね。

「やるかやらないか」を
実感できた本が2冊ありました。

ひとつは「アルケミスト」

「星の王子様」的な哲学ファンタジー?

おそらく、以前の自分が読んだら
漠然としていてしっくりこなかったかも。
星の王子様のようなかわいいイラストもなく。

とても短いお話です。
でも、メッセージが詰まっていました。

人生はすべて自分の選択。
これをやったら、成功するだろうか?
幸せが手に入るだろうか?
未知の未来に縛られるのではなく、
とにかく、「今」それを選択するかしないのか。
それで人生は動いてゆくのです。

このくらいでいいかなぁと思えばそこまで。
そこで満足することも選択肢のひとつ。
例え勇気を出して進んでも
良いことばかりとは限らない。
絶望したくなるようなことが起きたとき、
自分の選んだ道を後悔することもある。

やるかやらないか。
変化を望むか望まないか。

覚悟を決めてやったことなら
それなりの結果はついてくる?
というより、「やる」を選んだ自分が
誇らしいかもしれない。
結果はどうであれ。

とても短いお話なのに、深いなぁと
読み終えたころ、
書店で目にした今話題の書!

4週間で開脚???

身体が固い私には無理そうかなぁ。。。
ネットのサイトでレビューを読むと、
「やり方だけなら4ページでいい内容」と
酷評している人もおり。

でも気になるなぁと、ページを開いてみたら
なんと本が開脚?!
180度以上開くのです!
遊び心があるなぁ~
面白いから、買ってみよう!
もともと気になっていたのだし♪

本をテーブルの上においておくと
さっそくそれを見つけた娘が
「これ、無理でしょー」とコメント。

私の返事は…

「いやいや、できるかどうかじゃなくて
やるかやらないかだから♪」
(アルケミスト効果

できそうもないからやらない…のでは
一生変わっていかないのですもの!

そして1か月!

(なんと娘も熱心にやっていました
 毎日5分くらいなので続けやすいのです)

足はそれほど開きませんが
身体が前にずいぶん倒れるようになりました。
この本によると、4週間開脚の定義は
足が180度開くことではなく、
前に身体を倒して、両肘がつくことなので
それはクリア!

毎日少しずつ変わっていくのは
楽しいことでもありました♪
ここでやめたら戻ってしまうので
今でも細々続けています。
もっと柔らかくなりたいし
身体が柔軟になると
健康のためにも良いことがたくさんあるようだし

やらずにいたら、今までの自分でしたが
やってみてよかった。
やらなきゃわからないことって
沢山ありますよね。

股関節がちょっと弱いので
無理しすぎると痛めてしまう…
その加減もわかりました。
がんばりすぎずに、続けていこうと思います。
そのうち飽きるかもしれないけど

本もね、中に入っていた
なんてことはない短い読み物に
やはり、大事なことが書いてありましたよ。

「やるかやらないか」

できるかどうかを心配し続けるのでなく
とにかく1歩踏み出すこと。
それが自分を変えていくこと。

買ってよかった本の1冊です。
それは、ちょうど自分のタイミングとあっていたから?

今の自分が、チャレンジモードなのかもしれません。


miwako






何十年もたって思うこと

受験シーズンですね。

自分の高校受験を振り返ると
第一志望に落ちてしまい、
予定外の私立に通うことになり、
なんだか目の前がくらーくぼやけた感じで
胃のあたりも、ふわふわとして
気持ちが定まらないような
とっても不安定な感じだったのを
思い出します。

それでもこの道しかないのだからと
東京に行けるしね~なんて
あまり気にしていないようにふるまっていたかなぁ。

初めての挫折感もあったけれど
結局は、ものすごーく勉強したわけでないし
実力だったなと思ったり。
割り切った気持ちになろうとしていました。

両親も文句も愚痴も慰めも言わず
自然体でふつうにしてくれていたこと。
あとからとても感謝しました。

それでも、夏休みくらいまでは本調子でなく
自分が空回りしていて、
頭が痛いからと学校を休んだり
林間学校も行く気にならず、欠席したり。
そんなこんなに、母は心配したそぶりもせず
「頭が痛いならしかたないわね」と
欠席の電話をかけてくれていました。

もしかすると、難しい年頃だし…と
気をつかってくれていたのかもしれないし、
母のタイプとしては深く考えずに
単にあるがままを受け入れてくれてたのかな。
そんなことをあとから
言っていたような記憶もあります。

もっともそんなにしょっちゅう休んだわけでなく
もともと疲れやすいタイプで
乗り物酔いもするし、
電車通学にも慣れなかったということもあり。

1年生の後半には
場違いの場所にいるという感覚は減っていき、
高校もそれなりに楽しめるようになり
部活も遊びもたくさん経験。
お友達の輪も広がりました。
ないしょでバイトもしていたし、
英語にますます興味がわいて
地元の英会話の先生の所に通ったり。

英会話の楽しさをたくさん教わり
発音もどんどん良くなっていったり
外国の方のお家に遊びにいかせてもらったり
世界が広がっていきました。

短大とかではなく、
実用英語を身につけたいと
専門学校に通う!と決めたころ…

その先生が引っ越されるときお手紙をくださり、
私が今、こんなに成長しているのは
受験に失敗したことを乗り越えたから、
それで強くなったのだと思うと
そんな言葉をくださいました。

その時、はじめて、
そうなの?私って挫折を乗り越えたの?って、
多少、敗者の気分でいたのに
そうか、そんな見方もあるんだと
失敗をプラスに変えたってことなのかなと。
だったら、この経験も無駄じゃなかったんだなぁと
思うことができたのでした。
なんだか嬉しいと同時に新鮮な驚きでした。

だから、受験に臨む自分の子どもにも生徒にも
自分の失敗談を話したりして、
そりゃあ、希望どおりが一番うれしいに違いないけれど
万が一のことがあったとしても
それでも道は開かれていくし、
新しい出会いもあるし、
なるようになっていくから心配はいらないよと
伝えることができています。

自分の気持ちの持ち方次第。
すべては用意されていた、
経験すべき試練だったのかもしれないし。

過去や未来にこだわらず、
今を充実させればいいんですよね。

もっとも気持ちが落ちているときには
なかなか切り替えはできませんけれど。

ワタシって、けっこう偉かったかな?
がんばったよねーと、
今まではそんな風に思っていました。

でも、最近、まさに今日!
さらに気づいたこと!

実は、公立・私立どちらにすすんでも
中学の時やっていた吹奏楽部はなくて
継続はあきらめていたのですが

なんとなんと、進学先の私立高校で
校長先生の鶴の一声、
ブラスバンド部を結成します!ということで
顧問になる先生をスカウト?採用し、
私が入った年に部が新設されたのでした。

新設2年目でコンクール金賞の実績。
部活動も充実でした。

これは単なる偶然、
それ以上には考えたこともなかったのですが

もしかして、もしかして
神様からのプレゼントだったのかも?

希望を失いかけていた私に
ここにも居場所があるよ、と
場を整えてくださっていたのでは?

そう思ったら
何十年もたっているのに、
感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

あの時、部活動で発散する場がなかったら
もっと長い間落ち込んでいたかもしれない。

ひとりの力じゃないんだな。
周りの人が見守ってくれたことに加え
きっと神様まで応援してくれていたんだと
今頃気づいたわけです。

ありがたいですね。
ひとりじゃないって。

それを心から信じていたら
勇気がわいてきますね。

どうしてこんなことを今頃思ったかと言うと
母校の記事を見つけたから。

毎朝5分間、無心で赤い糸を縫うという
運針の時間が今も続いているそうです。

始めは15cmくらいしか縫えないのが
卒業するころには2mを超えました。
すごい人は3m。

今は「禅」の時間的扱いらしいです…

あの経験もよかったなぁと
(当時はルーティーンでやっていたものの…)
当時の、校長先生を思い浮かべていました。
とても前向きで話も楽しく人気者の先生でした。
バレンタインにはチョコレートが届くほど!

道にそれたような気分で入学したのに
多くの学びをさせていただいていたことに
今さらながら感謝です。

それにしても、あぁ神様。
自分一人で頑張ってきた気になってましたが
そうではありませんでした。

心から感謝いたします。


miwako









ほっこりハート

疲れて家に「ただいまー!」と帰った時、

1枚のお気に入りの絵が迎えてくれたら

なんだか心がふっとリラックスして

豊かな気持ちになるんですよ。

眺めていて、自分の気持ちが安らぐ絵を

1枚もっているといいですよ。


そんな風に教えてくれたのは

20代の時、何気なく訪れた出張画廊?のお姉さん。


絵画に詳しくなくたっていいんです。

これも出会いですからね。

あぁ、この絵がいいなぁと思ったら

それも良い出会いなんですよ。


もちろん、セールストークでもあったのですが

あまりにそのお姉さんの目がキラキラしていて

本当に絵画がお好きなんだなぁと

そのお姉さんの波動を心地よく受け取っていました。


で、まったく予定していなかったリトグラフを購入♪

シャガールのエルサレムウィンドウの1枚で

なかなか立派な額に入っています。

ずっとずっとお気に入りで

我が家のリビングには欠かせない存在です。



その後、再び素敵な作品に

予期せぬ場所とタイミングで巡り合い、

そちらも「出会いだなぁ」と思って

手に入れたことがありました。

とても小さな作品ですが、

「ヒカリフル」というタイトルがついている

こちらもリトグラフ。

すみっこにブルーのハートのモチーフが貼りつけてあり、

1枚1枚形が少しずつ違っているそうで

それがまた素敵だなぁと。




そして、先日…

久しぶりに、「わぁ、これ好き♪」と思ったのは

友人のパステル画。

たくさんあるハートのモチーフの中でも

もう、それ以外は目に入らないくらいで

すぐに手にとっておりました。


あったかくて、優しくて、大きな愛があって、

まさに気持ちが<ほっこり>します。


その日のうちに、額を探しにいきました!

この子にぴったりの額をさがそうと。

その日のうちに、額も見つかり、

その日のうちに、我が家を飾ってくれることとなりました。


「出会い」ってありますね。

なんだか波動がぴったり合う感じ?


音楽を聴いてリラックスするのも好きですが

1枚の絵を、じっと見つめて味わうのも

ものすごーく心のリラックスにつながります。





あの時の、画廊のお姉さんは

今頃何をされているのでしょうね?


素敵なアドバイスが今でも生きています。

ありがとうございました♡



miwako