絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

miwakoの部屋

やるかやらないかなのだ

できるかできないかは問題ではなく
やるかやらないか。

今はそんな言葉が
自分の中に大きくあります。
自分のテーマなのかな?

みんながいいと言っている本でも
自分にはあまりしっくりこないものがあります。

また、繰り返し読む本からも
その時々で受け取るメッセージが変わったり
なんてことも。

タイミングってありますよね。

「やるかやらないか」を
実感できた本が2冊ありました。

ひとつは「アルケミスト」

「星の王子様」的な哲学ファンタジー?

おそらく、以前の自分が読んだら
漠然としていてしっくりこなかったかも。
星の王子様のようなかわいいイラストもなく。

とても短いお話です。
でも、メッセージが詰まっていました。

人生はすべて自分の選択。
これをやったら、成功するだろうか?
幸せが手に入るだろうか?
未知の未来に縛られるのではなく、
とにかく、「今」それを選択するかしないのか。
それで人生は動いてゆくのです。

このくらいでいいかなぁと思えばそこまで。
そこで満足することも選択肢のひとつ。
例え勇気を出して進んでも
良いことばかりとは限らない。
絶望したくなるようなことが起きたとき、
自分の選んだ道を後悔することもある。

やるかやらないか。
変化を望むか望まないか。

覚悟を決めてやったことなら
それなりの結果はついてくる?
というより、「やる」を選んだ自分が
誇らしいかもしれない。
結果はどうであれ。

とても短いお話なのに、深いなぁと
読み終えたころ、
書店で目にした今話題の書!

4週間で開脚???

身体が固い私には無理そうかなぁ。。。
ネットのサイトでレビューを読むと、
「やり方だけなら4ページでいい内容」と
酷評している人もおり。

でも気になるなぁと、ページを開いてみたら
なんと本が開脚?!
180度以上開くのです!
遊び心があるなぁ~
面白いから、買ってみよう!
もともと気になっていたのだし♪

本をテーブルの上においておくと
さっそくそれを見つけた娘が
「これ、無理でしょー」とコメント。

私の返事は…

「いやいや、できるかどうかじゃなくて
やるかやらないかだから♪」
(アルケミスト効果

できそうもないからやらない…のでは
一生変わっていかないのですもの!

そして1か月!

(なんと娘も熱心にやっていました
 毎日5分くらいなので続けやすいのです)

足はそれほど開きませんが
身体が前にずいぶん倒れるようになりました。
この本によると、4週間開脚の定義は
足が180度開くことではなく、
前に身体を倒して、両肘がつくことなので
それはクリア!

毎日少しずつ変わっていくのは
楽しいことでもありました♪
ここでやめたら戻ってしまうので
今でも細々続けています。
もっと柔らかくなりたいし
身体が柔軟になると
健康のためにも良いことがたくさんあるようだし

やらずにいたら、今までの自分でしたが
やってみてよかった。
やらなきゃわからないことって
沢山ありますよね。

股関節がちょっと弱いので
無理しすぎると痛めてしまう…
その加減もわかりました。
がんばりすぎずに、続けていこうと思います。
そのうち飽きるかもしれないけど

本もね、中に入っていた
なんてことはない短い読み物に
やはり、大事なことが書いてありましたよ。

「やるかやらないか」

できるかどうかを心配し続けるのでなく
とにかく1歩踏み出すこと。
それが自分を変えていくこと。

買ってよかった本の1冊です。
それは、ちょうど自分のタイミングとあっていたから?

今の自分が、チャレンジモードなのかもしれません。


miwako






何十年もたって思うこと

受験シーズンですね。

自分の高校受験を振り返ると
第一志望に落ちてしまい、
予定外の私立に通うことになり、
なんだか目の前がくらーくぼやけた感じで
胃のあたりも、ふわふわとして
気持ちが定まらないような
とっても不安定な感じだったのを
思い出します。

それでもこの道しかないのだからと
東京に行けるしね~なんて
あまり気にしていないようにふるまっていたかなぁ。

初めての挫折感もあったけれど
結局は、ものすごーく勉強したわけでないし
実力だったなと思ったり。
割り切った気持ちになろうとしていました。

両親も文句も愚痴も慰めも言わず
自然体でふつうにしてくれていたこと。
あとからとても感謝しました。

それでも、夏休みくらいまでは本調子でなく
自分が空回りしていて、
頭が痛いからと学校を休んだり
林間学校も行く気にならず、欠席したり。
そんなこんなに、母は心配したそぶりもせず
「頭が痛いならしかたないわね」と
欠席の電話をかけてくれていました。

もしかすると、難しい年頃だし…と
気をつかってくれていたのかもしれないし、
母のタイプとしては深く考えずに
単にあるがままを受け入れてくれてたのかな。
そんなことをあとから
言っていたような記憶もあります。

もっともそんなにしょっちゅう休んだわけでなく
もともと疲れやすいタイプで
乗り物酔いもするし、
電車通学にも慣れなかったということもあり。

1年生の後半には
場違いの場所にいるという感覚は減っていき、
高校もそれなりに楽しめるようになり
部活も遊びもたくさん経験。
お友達の輪も広がりました。
ないしょでバイトもしていたし、
英語にますます興味がわいて
地元の英会話の先生の所に通ったり。

英会話の楽しさをたくさん教わり
発音もどんどん良くなっていったり
外国の方のお家に遊びにいかせてもらったり
世界が広がっていきました。

短大とかではなく、
実用英語を身につけたいと
専門学校に通う!と決めたころ…

その先生が引っ越されるときお手紙をくださり、
私が今、こんなに成長しているのは
受験に失敗したことを乗り越えたから、
それで強くなったのだと思うと
そんな言葉をくださいました。

その時、はじめて、
そうなの?私って挫折を乗り越えたの?って、
多少、敗者の気分でいたのに
そうか、そんな見方もあるんだと
失敗をプラスに変えたってことなのかなと。
だったら、この経験も無駄じゃなかったんだなぁと
思うことができたのでした。
なんだか嬉しいと同時に新鮮な驚きでした。

だから、受験に臨む自分の子どもにも生徒にも
自分の失敗談を話したりして、
そりゃあ、希望どおりが一番うれしいに違いないけれど
万が一のことがあったとしても
それでも道は開かれていくし、
新しい出会いもあるし、
なるようになっていくから心配はいらないよと
伝えることができています。

自分の気持ちの持ち方次第。
すべては用意されていた、
経験すべき試練だったのかもしれないし。

過去や未来にこだわらず、
今を充実させればいいんですよね。

もっとも気持ちが落ちているときには
なかなか切り替えはできませんけれど。

ワタシって、けっこう偉かったかな?
がんばったよねーと、
今まではそんな風に思っていました。

でも、最近、まさに今日!
さらに気づいたこと!

実は、公立・私立どちらにすすんでも
中学の時やっていた吹奏楽部はなくて
継続はあきらめていたのですが

なんとなんと、進学先の私立高校で
校長先生の鶴の一声、
ブラスバンド部を結成します!ということで
顧問になる先生をスカウト?採用し、
私が入った年に部が新設されたのでした。

新設2年目でコンクール金賞の実績。
部活動も充実でした。

これは単なる偶然、
それ以上には考えたこともなかったのですが

もしかして、もしかして
神様からのプレゼントだったのかも?

希望を失いかけていた私に
ここにも居場所があるよ、と
場を整えてくださっていたのでは?

そう思ったら
何十年もたっているのに、
感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

あの時、部活動で発散する場がなかったら
もっと長い間落ち込んでいたかもしれない。

ひとりの力じゃないんだな。
周りの人が見守ってくれたことに加え
きっと神様まで応援してくれていたんだと
今頃気づいたわけです。

ありがたいですね。
ひとりじゃないって。

それを心から信じていたら
勇気がわいてきますね。

どうしてこんなことを今頃思ったかと言うと
母校の記事を見つけたから。

毎朝5分間、無心で赤い糸を縫うという
運針の時間が今も続いているそうです。

始めは15cmくらいしか縫えないのが
卒業するころには2mを超えました。
すごい人は3m。

今は「禅」の時間的扱いらしいです…

あの経験もよかったなぁと
(当時はルーティーンでやっていたものの…)
当時の、校長先生を思い浮かべていました。
とても前向きで話も楽しく人気者の先生でした。
バレンタインにはチョコレートが届くほど!

道にそれたような気分で入学したのに
多くの学びをさせていただいていたことに
今さらながら感謝です。

それにしても、あぁ神様。
自分一人で頑張ってきた気になってましたが
そうではありませんでした。

心から感謝いたします。


miwako









ほっこりハート

疲れて家に「ただいまー!」と帰った時、

1枚のお気に入りの絵が迎えてくれたら

なんだか心がふっとリラックスして

豊かな気持ちになるんですよ。

眺めていて、自分の気持ちが安らぐ絵を

1枚もっているといいですよ。


そんな風に教えてくれたのは

20代の時、何気なく訪れた出張画廊?のお姉さん。


絵画に詳しくなくたっていいんです。

これも出会いですからね。

あぁ、この絵がいいなぁと思ったら

それも良い出会いなんですよ。


もちろん、セールストークでもあったのですが

あまりにそのお姉さんの目がキラキラしていて

本当に絵画がお好きなんだなぁと

そのお姉さんの波動を心地よく受け取っていました。


で、まったく予定していなかったリトグラフを購入♪

シャガールのエルサレムウィンドウの1枚で

なかなか立派な額に入っています。

ずっとずっとお気に入りで

我が家のリビングには欠かせない存在です。



その後、再び素敵な作品に

予期せぬ場所とタイミングで巡り合い、

そちらも「出会いだなぁ」と思って

手に入れたことがありました。

とても小さな作品ですが、

「ヒカリフル」というタイトルがついている

こちらもリトグラフ。

すみっこにブルーのハートのモチーフが貼りつけてあり、

1枚1枚形が少しずつ違っているそうで

それがまた素敵だなぁと。




そして、先日…

久しぶりに、「わぁ、これ好き♪」と思ったのは

友人のパステル画。

たくさんあるハートのモチーフの中でも

もう、それ以外は目に入らないくらいで

すぐに手にとっておりました。


あったかくて、優しくて、大きな愛があって、

まさに気持ちが<ほっこり>します。


その日のうちに、額を探しにいきました!

この子にぴったりの額をさがそうと。

その日のうちに、額も見つかり、

その日のうちに、我が家を飾ってくれることとなりました。


「出会い」ってありますね。

なんだか波動がぴったり合う感じ?


音楽を聴いてリラックスするのも好きですが

1枚の絵を、じっと見つめて味わうのも

ものすごーく心のリラックスにつながります。





あの時の、画廊のお姉さんは

今頃何をされているのでしょうね?


素敵なアドバイスが今でも生きています。

ありがとうございました♡



miwako

目標を書き出す

今年の目標、

皆さんは何かたてられましたか?

私もいくつかあるのですが

漠然と思っているだけでなく、

きちんとノートや手帳に

書き記すとよいのだそうです!

そして具体的に行動をおこすために

何をすればいいかも

考えて書きこむ。

そして少しずつクリアしていく。

頭の中で漠然と願っているだけより、

ずっと着実に現実化していきそうですね。


で、あれもしよう、これもしようと

やることばかり考えていたところ…

ふと出会った記事の中で、

今年は何かをやめてみよう、と

断捨離のような提案が!


あれもこれもと欲張ることばかりでなく
(チャレンジ精神旺盛なのも良いことですが♪)

もういい加減手放してもいいような

自分の困った習慣などを、思い切ってやめてみる!

そんな提案でした。


なるほど~、引き算!

健康に悪そうなのにやってしまう習慣や

マイナスの口癖、つい言ってしまう愚痴、

思考のくせなどもあるでしょう。

ついついこうしてるなぁってこと、

割と誰でもあるかもしれません。

もしも自分でも、マイナスだなと思ったり

できればやめたいと思うようなことがあったら

それをやらないようにしてみる、

そんなチャレンジも悪くないかも。



足し算の目標と引き算の目標。

両方あっていいですね。


楽しい目標もいいなー。

頑張るときもあれば、リラックスして楽しむときも必要。

私の大まかな目標は、

「ちょっと力をぬく」ことです。 

あら、これも引き算だった?

他にもいろいろありますよー。

今年中に行きたい場所や、やりたいこと、

チャレンジしたいこと。
   
自分と向き合って

手放すべき引き算の目標も書いてみるかなー。



ケアエクサのワークでも時々あるのですが

書き出してみることで心の整理ができたり

自分でも気づかずにいた深い思いに

気づいたりします。

書き出してみること、おすすめです!


miwako







直感を信じる

なんだか急に閃いたことって
結構良い結果を産んだりしますよね。

思いつきでやってみたら、ことのほかうまくいったり、
何かを練っているときに、あぁでもない、こうでもないと
試行錯誤していたら、急に何かが降りてきた~!と
ものすごく良いアイディアが浮かんだり。

本屋さんで、直感的にいいなと思って買った本は
たいていとてもよかったりします。

プラス方向の直感ばかりでなく、
なんとなく嫌な感じ…これも直感ですよね。

悪い予感があたる、そんなこともあります。
これは、自分の潜在意識が招いちゃってる、
なんてこともあるのかもしれませんが。

それはちょっとおいておいて。

昨日読んでいた本の一節に
こんな言葉がありました。

「ストレスとは、心がNoと言っているのに
口が勝手に開いてYesと言っているときのことです」

心はわかっているんです。
直感的に。

それを無視して続けていると、
身体の具合が悪くなったり、心がすり減っていったり。
そんな変調がやってきて、初めて気づく。
自分が自分を無視していたことに。
(気づかずに医者通いになることもあるはず!)

やるべきでないこと、頑張りすぎてはいけないこと、
自分には向いていないこと、
不必要な関係性にとらわれてしまっていたり、
相手や対象にのめりこみすぎてしまっていたり…
原因は様々あると思います。

心は直感的にそれがわかっているのに
私たちは、頭でいろいろ考えてしまい、
義理をたてたり、世間体を気にしたり、
頑張らない自分を許せなかったり、
最後までやりとおすことが美徳だと思い込んだり、
自分の心の声を無視していることがあるのです。

左脳ばかりが活発に動いているのでしょうか。
特に大人は。
直観力は相当鈍っていると思います。

直感は、自分が本当に求めていること。
きっとそうなんですよね。

直感に従うことは、自分自身を信頼してこそ。
そこに理屈はいりません。

他人に合わせる必要はないのです。
人目を気にすることもないのです。
自分を一番大事にしてよいのです。
相手には相手の人生があり、
それを自分でどうにかしようと
考えすぎなくてよいのです。

いろいろなことにあてはめて
考えてみてください。

みんながいいというから、いいわけではない。
自分の直感で、違和感があったら
それはあなたにとっては、良いものではないはず。

盲目的に誰かを崇め奉ることも危険です。
それは縦の関係に他ならないから。
大事な自分の人生を
他者に預けることなんてあってはならないです。

自己犠牲を美徳と思ってはいませんか。
人に与えるばかりで、自分を満たすことをしないでいたら
心と身体のバランスも崩れてしまうでしょう。
あなた自身も、もっと受け取っていいのです。

自分の心の声に耳をすませてみれば
きっと教えてくれるはず。

違和感があるまま、突っ走ってはいけません。
これは私も経験しました
歩くのに支障をきたすくらい股関節を痛めたのも
原因不明でしたけれど、
その環境から離れる選択をしたら
それは何もなかったかのように治ってしまいました。
もちろん、必要な経験だったのだとも思います。
今思うと、不思議なくらいいろいろな出来事があり、
そのひとつひとつも私にメッセージをくれていたんだと
そう思えるのですが、渦中にいるときには
前に進むことしか、考えられなくなっているものです。

もっと自分の感覚を研ぎ澄ませて
直感の力を信じていきたいですね。
自分の深層が、どう感じているのか、
自分に問いかけてみることも大事です。

心がNoのサインを出しているときは
それを否定するような、都合のいい理由や説明を
左脳が考え始めるかもしれません。
でも、自分を無視してはダメなんですよね。
自分の心に従って物事をすすめていくこと、
これが本当に自分の望むことのはず。

説明はいらない。
直感を信じましょう!

そしてプラスの方向にいくのにも
直感的にやりたいと思ったことにブレーキをかけたり
あれこれ言い訳をつくって後回しにせずに
チャレンジしていくことも必要です。
不安な思いを乗り越えて!

言うは易く、行うは難し…ですけれど

自分を信じて
自分を大事に
前に進みたいですね。


miwako

フレデリック

レオ・レオニ作の「フレデリック」というネズミの話
ご存知でしょうか?

「スイミー」はとっても有名ですよね。
我が家にも数冊コレクションがあります。
どれも淡々と語られているのですが
心の奥の深いところに何か残るような
そんな印象的なお話です。

でも「フレデリック」を初めて読んだときは
正直、え・・・?と思わずにはいられませんでした。

だって、ネズミの仲間たちが
みんな一生懸命冬支度をしているときに
ひとりだけ、手伝いもせずにぼうっとしているのです。
仲間にたずねられても
なんだか呑気な感じで
「ぼくは色を集めているんだ」とか
「お話を集めているんだ」とかいうばかり。

そして冬になり、だんだんと食料も尽きてきて…
みんな寒くて凍えて、おしゃべりする気にもなれず。
ふとフレデリックがしていたことを思い出し、
「そうだ、フレデリック、君のあつめたものは?」
と尋ねます。
そしてフレデリックは、いよいよ自分の出番だと
みんなに目を閉じさせて
きれいな色を思い浮かべさせてあげたり
とても素敵な詩を語ったり
みんなの心を豊かにしてあげるのです。

確かに…それは意義あること。
でも働きもせず、みんなが集めたものを食べるって
どういうこと?

この時は、私もまだ新米ママで若かった。
協力し合わなきゃいけないとか、
ひとりだけずるしているみたいに見えるとか、
こうするべき、こうあるべき、
みたいなものが崩せなくて、
フレデリック、それでいいのー?と
心の中が違和感だらけだったのです。

ところが、数年前、本屋さんなどで、
かわいいフレデリックのぬいぐるみを
みかけるようになり、
懐かしくてもう一度読んでみました。

すると印象が全く違うんです。
フレデリックは自分らしく生きていて
自分らしくみんなのためになることをやっていた。
仲間たちも、フレデリックの話を聞いて
心にあかりがともったように
私の心にもぽっと暖かいものが生まれました。

ねずみの仲間もなんて優しいこと。
フレデリックの行動を不思議に思っても
否定することもなく、ありのままで受け入れ、
最後は、「君は詩人だね!」と拍手喝采。

どう行動することが一番良いのかとか
(それは誰にとって?なんのために?)
何が正しくて何が正しくないのかとか…

ジャッジは必要なかったんですね。

たぶん人は、知らず知らずのうちに
自分の中の基準にあわせた物差しを持っていて
常にそれで計ろうとしてしまう。

それがものすごーく短い物差しだったら
ひとりよがりで窮屈な生き方に
なってしまうかもしれません。

子育てをしてきて、子どもと関わる仕事をしてきて
心理を学ぶ機会を得、自己客観視をすすめてきて
だんだんと柔軟になってこれたのかなぁと
そんな風に感じました。

なんだか、うれしい♪
自分の世界も広がってきているようです。

いろんな個性があって、人それぞれで、
それが普通であたりまえのことだと
今さらながらに思うのです。

フレデリックのようにきらっと輝く何かを
きっとだれもが持っているはずですから。

はじめに、フレデリック、だめじゃん!って
思った私も今では懐かしい。
そんな私だって、悪かったわけではない。

ひとつ納得できないと、それが全部に影響する。
でもそれは視野の狭い見方でした。

時々その性質はでちゃうんですけどね。

でもその性質が場面によっては役立つこともある。

だからやっぱり、いい悪いではないですね。

見方を変える。
それをどこかで意識しているだけで
いいのだと思います。

自分の物差しを捨てて、
一歩下がって俯瞰してみると
世界はなんと広く見晴らしがいいものです。
そして気持ちも穏やかです♪






miwako












ゴミをまたぐな?!

たまたま見かけた言葉や
たまたま聞いたセリフが
なんとなく心に響くことってありますよね

「ゴミをまたぐな」というのは
俳優の哀川翔さんが言った言葉だそうで
それが印象に残っていると
どなたか(もう忘れちゃった )が
おっしゃっていたのでした。

えー?どういう意味?

と、思ったら
家庭の教育方針で、
ゴミが落ちていたら拾いなさい、
見て見ぬふりをするな、ってことだそうで。
確かお子さんもたくさんいたような気がします。

それは自分が落としたゴミでなくても
見たら拾えという教えです。
そうすることで気持ちの良い空間ができる。
(そこまではその人は言ってませんでしたが
本来、どんな深い意味があるのかは
ご本人のお話を聞いていないので
何とも言えないのですけれど…

私にも、とっても響きました!

見て見ぬふりをしちゃうことって多いですよね?
そうした方がいい場合もあるけれど
面倒だから、とか
あとでやればいいから、という逃げの理由で
やらないことってあるなぁと
思うのです。

家の中に、糸くずが落ちていても
あとで掃除するときに掃除機ですっちゃえばいいやと
放っておいたりしたのですけれど、
なぜか「ゴミをまたぐな」という言葉が浮かんできて
そうだよねー、気づいたら拾わなくちゃと
思えてきて…
別に哀川翔さんに怒られるわけじゃないけれど

そして、それをしている自分が
けっこう気持ち良かったりする
この感覚は思いがけないものでした

それは家の中だけでなく外でも。
公共施設の洗面所がぬれていたら
さっとふいておくとか、
ゴミがおちていたら所定の場所に捨てるとか。

善い行いをしたいとか、
そういうモチベーションではなく
なんだかそうしたほうが自分が気持ちがいい。
そんな感じです。

ポイントは「すぐにやる」
この1点。
後でやっても同じ、と思ったら
それまで
気持ちよさはやってこない。
これって仕事にも通じています!

だらけた自分もいるので
いつもきちんと実行してるわけではありません。

でも、頭の中で、あの声で
「ゴミをまたぐな~」と響くと
くすっと笑いながら、「そうだったよねー」と
行動に移す自分がいたりして。

家の中が片付いたり、整理されると
心の中も整理されたような気持ちになって
すっきりするといいますよね。

たまりにたまってからやるのではなく
実は日々の小さな積み重ねを
見直せば、だいぶ変わってくるのかも?
(はい、自分に言い聞かせてます

ほんの小さな善行?も
実は当たり前のことなのだとも思います。
誰かのためや何かのためにやるのではなく
自分が気持ちいいからやる。
自分の心を整えることにも役立っている。
これが一番ですね♪


「ゴミをまたぐな」の教え、
なかなか深いです


miwako