絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

伝えたいこと

新年に向けて

寒波がやって参りました。
厳しい寒さの中、
みなさま大掃除に奮闘なさっているでしょうか?


年の瀬も押し迫った此の頃
『女子のための絵画セラピー講座』が、
2週にわたり行われました。

サークルの方々は何度もリピートなさっていますが
そんな中、Kさんは特に目を見張るような変化が
毎回絵に表れて
絵を最初から順番に並べてみると
その変化と進化に驚かされます!

やはり月に2回のケアエクササイズで
ご自身と向き合っていること…
伊達じゃないな~と思い、惚れ惚れします。


最初は描けなかった人物が、
次には小さな窓から少しだけ顔を覗かせている
次の回には外に出て来て、でも木の陰に隠れている
次の回には山頂に立ち風に吹かれている
そして今回は、とても大きな人物が
堂々と描き出されていました!


前回のⅯさんもお伝えくださいましたが

こんな風にご自分の心の在り様が具現化して現れ

そしてご自身で可視化できる!というのが

絵画セラピーのすごいところだな~~といつも思います。


その日のうちにKさんからメールが届きました。

「いつも力を頂き、ありがとうございます。
絵画をやる度に、自分の変化と気づきに驚きます!

そして私の判断は間違っていなかったのだと
自信になるのです!!」



今年一年、
みなさまにとってはどんな年だったでしょうか?

残すところあと二日…
絵画でなくとも、
ご自分の心や気持ちの振り返りををしてみるのも
いいかもしれません。

そして、
もっともっとご自分を知りたくなったら…

もっともっとご自分を信じられ、
好きになりたくなったら…

もっともっと進化したくなったら…


新年には、風に揺れる木々の門を叩いてみてください!


正直に自分の内面と向き合い
一生懸命に生きようとなさっている方にこそ
『絵画セラピー』と『心と身体のケアエクササイズ』が
役立つことを願っております!

本気で自分に向き合いたい人、待っています!!


最後になりましたが、
今年ご縁のあった方々、ありがとうございました。

みなさまにとって、2019年が良き年となりますように


kimiko












トライ&エラー

先日の勉強会での学び。

それぞれが、反省点を述べていた時のこと。
自分のやったことに対して
うまくいかなかったと思ったら
やはり、失敗したかなーと思うのは人の常。

しかし師匠の一言。

やってみたことが大事。
いろんなやり方を試す。
失敗した時には痛みも伴う。
でも後退したと思う必要は全くない。
むしろ良い方向に近づいている!

やらなければよかった、
ということは一切ない。
やらないことの方が問題である。


なるほどー!!

と、とてもすっきりした気持ちになりました。


トライ&エラーという言葉を
最近よく耳にしますが、

英語的には
trial and error だそうです。

trial-and-error approachというと
試行錯誤をしてみる、ということ。

そうか、試行錯誤の一環。
上昇していくための大切な手段。

1回1回のことだけを見て
反省したり、一喜一憂するのでなく
もっと大きく物事をとらえる。

人が成長していく過程って
まさにその繰り返しですものね。

偉大な発見や発明をした方も
「99回失敗しても100回目に成功があるかも。」
「失敗は成功の母。」
というような言葉を残されています。

何度も何度も様々な方法を試してこそ
最終的に成功が待っている。
そして成功することを信じている。
自分を信じて進んでいるんですよね。
そこが一番大事なのかもしれません。

そんな風に思えたら
日々のあれこれも次へのステップ!

事柄によっては失敗99回はやりすぎでしょうが
それでも100回目を信じることは
大事だなぁと思いました。

私は割と楽天的。
ポジティブ思考なので取り入れやすい?
それでも自分の失敗って
穴があったら入りたくなったり
ダメージ受けることもありますよね。

でも失敗も指摘も
割と素直に受け取れるように
勉強会を重ねるごとに
みんながそうなってきました。

言い訳をしない。
受け取って、次の一手を考える。

自分の守りに入ると
言われたことばかりにとらわれて
それを回避する方法、
自分を楽にする方向に
行ってしまう人も多いと思います。
自分のマイナスを見ることができない人。
マイナスを認めたくないのかな。
できたら、なかったことにしたいのかな。
認めちゃえば楽なんですけどね。
だれだってあるものだから!

自己反省はするけれど
そこにとどまらない。

とても潔く気持ちの良い仲間です!

トライ&エラーは大事ですね。
自分の英語教室の生徒にも伝えました。
失敗を恥ずかしいと思わずに、
次につながるステップにすればいいこと。

中学生は、失敗ノートというか
苦手なことを書きだした
ノートづくりをしています。
中1初期なら
「ピリオドを忘れない!」とか。

これを今回、サクセスノートと改名。

失敗は成功の母だから。

テストで間違えたところや
問題集をやっていて、
最後のまとめ問題でも
まだ覚えきれていなかったことなどを
小さなノートに、カラフルな大きな文字で
印象に残るように書いています。

前は、パーフェクトノートとか
ポジティブノートとか読ん呼んでいましたが、
これからは サクセスノートにします(^_-)

「試行錯誤」って、
迷っているイメージも多少ありましたが
これは前向きのアプローチだったと
見直しました。

問題を解くというようなシンプルなことから
自分のあり方、というような
人生に関わるようなことまで…。


トライ&エラー

たくさんやった人ほど
土台がしっかりできてきて
ゆるぎない自分になっていく。

来年のスローガンにしようかな♪


miwako













行動する!

今年のカレンダーも最後の一枚になりました。
1年はあっという間ですね。

あのスーパームーンを見た1月、
少し仕事を整理したいと思い立ち、
(本当は今までも時々考えていたこと)
決意表明をしました!

もっとやりたいこと、やるべきこと、
心が動くことに集中したくなった、
という感じです。

丁寧に心情を伝えましたので
引き留めたいけれど、応援すると言ってもらい
頃合いを見て、退くことを認めてもらいました。

でも環境って、そうそう変わらないですよね。
責任あるお仕事なので、
さっさとやめるわけにもいきません。
それは自分もしたくない。

でもこれがどうしたことか、許可は得たのに、
なかなか自分にとって良い状況にはならない。
もっと差し迫った事情でやめていく方が複数出たり、
新しい方も、他の仕事にまわってしまったりで
むしろ、どんどん辞めにくい方向に向かっている?
そんな気さえしてきました。

これが試練なのか、
なにかを試されているのか?
ここにとどまるべきってこと??

いやいや、そんな理由をつけてみたって
状況は同じです。
まぁ仕方ないのかなぁと思ってみたり。

人は無意識に変化を嫌います。
どんなにきついことがあったって
慣れ親しんだ状況なら、現状維持が
自分にとっての日常だから。
何も考えず、ただただ当たり前の日々だから。
仕方ないかぁですませてしまう。

日常を変えるのは思ったより勇気がいること。
思うだけは誰でもできる。
思った人と思わなかった人、
はたから見れば、どちらも同じ。

どんなに思いがあったって
思うだけじゃ、何も変わらない。

変化を起こすには行動するしかないのです。
人任せではダメ。
いつか状況がよくなる??
それは希望的観測なだけで
変化を起こす勇気がないってことかも。

多少の摩擦を生んでも、
自分が本当にやりたいことであるなら
自分で行動を起こさないと何も変わらない…

そう思って、動くことにしました!

自分の人生、なるがままに人任せにはしておけない。

なぁんて、そんな大げさなことでもないですが
とにかく自分の思う方向に進むための提案をして
今、それを実行できています。

思っていただけの日々とは
まるっきり心が変わっています。
拘束時間が半分になったので
心のゆとりがはんぱない。

こんなに気持ちも変わるとは
思ってもみませんでした。

「行動する」「自ら動く」
思うだけ、願うだけから一歩先へ!

その気持ちよさも体感できました。

いろいろ思い悩んでいる方、
いつかやりたいと思っていることがある方、
思うだけでいいですか?

今、行動を起こせば少しずつ変わっていくはず。

「願えば叶う」といいますが、
その願いに向かって小さくても一歩踏み出すのは
他でもない、自分自身。

ちょっと面倒です。勇気もいります。
でも「エイ!」と自分に掛け声をかけて
行動してみるって、大事だなぁと思います。

自分が変わると周りも変わっていくんですよね。

私も次の一歩をまた踏み出したいと思います!


<追記>
諸々の状況で、踏み出すことができない
そんな時期もあると思います。
私も数年間そうでした。
だから、そんな時はどうぞ焦らずに♪
自分のタイミングで大丈夫です!


miwako





























自分をジャッジしないこと

ケアエクササイズをはじめて
一番変わったこと、

それは自分のジャッジを
しなくなったことかもしれません。

真面目な人ほど
自分に厳しかったりしますよね。
それです。
謙虚と言うかなんと言うか・・・

これは真面目な方たちへ。

あの時の自分はダメだった、
二度とそれは繰り返さないようにしたい。

恥ずかしくて人にはとても言えない。
黒歴史? 抹消したい!

マイナスの体験として
印象に残っていること、
きっとあるでしょう。

失敗した自分を許せない。

そう、自分が自分を許してないのです。

ケアエクサで学ぶようになってから
そこに気づくことができました。

どんな自分も自分の一部なのに
そこを認めずにいたら…
自分が自分を許せずにいたら…
なんてかわいそうなんだろう?


時に私たちは「結果」だけ見てないかな?

良かったか、悪かったか??
その二択だけで結論づけていないかな?

大事なのはその体験が
今の自分にどう生きているのか。

きっとそこから学んだこともあるはず。

あったことをなかったことにはできないから
見ないふりをしてはいけない。
(ふたをしてしまうということ)

辛い体験があったとしても
そこからちゃんと学びを得たからこそ
今の自分がいるのではないかな??

(その部分を無意識に捻じ曲げて
 防御の方向になってしまうことも…
 このあたり、難しいところです)

いずれにしても
過去の影響を受けないことはありえない。
マイナスを排除なんかできないし
する必要もない。

今の私は、
マイナスもたくさんあったけれど、
(そして今でさえあるけれど)
それをプラスに変えてるんだと
そんな風に思えれば
マイナスの体験にこそ、「感謝」かもしれない。

経験値をあげるって
そういうことに他ならない。

何もかも順調なこともあり得ないし
ずっと不幸でいなくたっていい。

どんなに薄い紙にも表と裏があるように、
世界はプラスとマイナスのバランスで
できている。

夜と昼、陰と陽、静と動、
どちらも大切で、ないと困る。

どちらかに偏る必要もないし
どちらかが全くないようなふりをしなくてもいい。

両方合わせもった自分を
これでいい、と認められること。

これが自然にできるように
なってきました。


世界にたった一人の自分を
自分が大切にして抱きしめてあげる。

これ、とても大切です。

ジャッジは不要。
評価する必要はない。
客観視は必要だけど。

大事なのは、
じゃあ、どうする?
どうしたい?

過去の自分がいたから
今の自分がいるのです。

過去を認めたら
今の自分にも本当の意味で
OKが出せる。



過去を見つめるのが
まだ辛い方もいると思います。

でも「今」を変えていくと
実は「過去」とも向き合えるようになり
「過去」さえ変わっていくのです。


「心と身体のケアエクササイズ」で
少しずつ、心をほぐしていきませんか?

自分の変化が自分でわかると
とても嬉しいです。


miwako













心持ち(長いです) 

先日、会社の研修を受けてきて
それからずっと、ぐるぐるしている思考をまとめてみます。


こども達の未来は、どうなっていくのか?


最近よく、

数年後には、今ある半数以上の職業は、なくなってしまう

と、聞きませんか?
これに危機感を覚える方も多いのではないでしょうか?

私も初めてそれを聞いた時に思ったことは
「怖ろしい世界になるな。
そんな時代に青年期を迎えてなくて良かったな」
と、そんな自分勝手なことでした。

でも、それは言い換えれば、大事なこども達が
生きていく世界なんです。

初めて聞いた時から、ずっと、
だれかAI 対して、未来に対して
ポジティブなことを言っていないか
心配ね、じゃなくて、楽しみね、って言っていないか
ずっとアンテナを張っていました。

残念ながら、私が耳にしたのは、1人だけ。
ラジオのパーソナリティーの人が
「私はAIが発達するのはいいことだと思うのよ。
人間は賢いんだから、きっとうまく共存する道を
歩んでいくと思うの」

そう、まさに、そう思いました。

そこから、よーく 考えて。

そしたら、ものすごく、基本的なことにたどり着きました。

人が生きていく上での喜び、幸せは何でしょう?

魂が成長すること
他者とつながっていけること
ではないでしょうか?

その時、その大目標に、仕事っているのかな、と考えると
現代社会では、お金を得るために仕事をしている
また、仕事をすることが生きがいになっている人がいる

でも、それは 一番が仕事じゃなくてもいいんじゃないかな?
と思ったのです。
生きがいに、金銭を絡めなくてもいい。
快適になることに、金銭を絡めなくてもいい。
現にそうして暮らしている人たちもいます。

でも、現代の社会では、それは難しい。

だから、未来は。

AI にしっかり働いてもらって、
人間は、より魂の成長、よろこびを追及していけばいいと思うんです。

生活ができない?
今の社会ではできません。
でも、それは変えられるんじゃないかな?

AI にとって変わられる?
思い切って、仕事はお願いしちゃおう!
やりたいことだけ、やろう。
別のことをすればいい。

何かすることがないと、落ち着かない。
もちろん!
自分を、人を、喜ばせることをしよう!

最初は自分の目標が持てなくても、
誰かの目標を支えたり、助けたりすることで、
やがて自分の目標が見えてくるだろう。

そんなことを、私としては珍しく研修で
熱く語ってしまったら、担当者に

「未来から来ました?」

と、突っ込まれてしまいました。

穴だらけ、理想だらけ、夢物語だらけ
なのは、百も承知です。

でも、いま必要なのは、
おびえることでも、拒否することでも、怖がることでもなくて、
受け入れたり、自分を信じたり、他者を信じたり、
美しいものを愛したり、優しい気持ちをもったり
自分の中にある、複雑な思いを受け入れたり、

そういう、真善美 を
もう一度、自分の中に落とし込むことなんじゃないかと
思うんです。

未来が美しいもの、優しいもの、明るいものであるように、
何もできなくても、
気持ちを変えられれば。

女性性は、行動できなくても、
周りに気持ちを届けることは上手なんだと思います。

そうやって真善美に触れて育つこども達
接して生活をしていく大人たちが、
少しずつ 変わっていって、
それが大きな未来へのうねりになるのかな、と思います。

人間のダークサイドを否定することが
無いようにすること、見ないようにすることが、
真善美に近づくことではないと思います。

しっかりみて、確認して、
受け入れるべきは受け入れ、
否定するべきは、否定する。

そこに 真があるように思います。

私も、しっかり未来について
思い描いていこうと思っています。

youko

言葉のメモ

忘れやすいお年頃?でもありますが(笑)

心に響いた言葉、何かしら引っかかった言葉は
余裕があれば、メモしようと心がけています。

例えば、本の中にある一節、

例えば、歌の中にある言葉、

例えば、勉強会で聞いた言葉、

ふと目にした、耳にした言葉。

その時、おー!と感じるものがあっても
ずっと覚えているかと言われれば
日々のことに追われて、
忘れちゃうこともあります。

なんで、心に響いたのか、
それはプラスに響くときもあれば
なんとなく、ドキッとするようなもののこともあって
とにかく理由はわからなくても
きっと、自分に必要なことだからこそ
感じるものがあったんですよね。

そのサインを見逃したらもったいない!


手帳でもいいし、スマホのメモでもかまわないので
とにかく形に残しておくと
あとで振り返ることができます。

私は特に言葉に敏感なので
そうしたくなるのかもしれません。
人によってはメロディーだったり、
絵画やイラストだったりするのかも。

そうそう、何か素敵な映像を見て
あ!ここに行ってみたい!
というときには、その場所もメモします。

不思議なことに、書き出しておくと
実現する可能性が高くなるのです。
自分の意識にアプローチするのかしら?
行きたい場所は行くべき場所だったりして。

昨日たまたま見ていた番組で
歌手のFさんが、
作詞について語っていました。

ふと見た景色とともにおりてきた言葉、
それは作り出したものでなく、
わきあがってきたものだから
それを一番大切にしようと、
その言葉から詞を書きはじめたということでした。

自然に口をついて出た言葉を
まさに書き留めて
その歌いだしこそが
本当に印象的な歌になっていました。

私の場合、
何か作品をつくるわけではありませんが
自分を見つめなおすのにも
言葉のメモは役立っています。

自分を見つめなおしたり、
自分の思いを感じたり。

流されすぎないように、
日々に追われすぎないように、
ちょっと立ち止まるのは良いことです♪

気になる言葉は
きっと今の自分に必要な言葉。

仕事のアイデアや
未来設計につながることも
あったりします。

せっかく気づいたのに
流してしまうともったいないかもしれません。
忙しい時ほど、意識したいなと思います

比叡山にいってきました

京都を初めて訪れたのは中3の修学旅行。

金閣銀閣、有名どころを回ってから
団体のバスで比叡山にも向かい、
根本中堂というところで
法話をうかがいました。

わいわいがやがやとしていたのに
この山に入ってからは
何か空気感が違い、
心がすーっと穏やかになるような
そんな気持ちがしていました。

比叡山延暦寺は天台宗の開祖、
最澄がたてたお寺ということ以外
当時もよく知りませんでしたが、
今回訪れてみると、延暦寺は総称だそうで
ものすごい数のお寺が山全体にあることが
わかりました。

その中でも一番重要とされているのが
根本中堂なのでした。

根本中堂の中には
不滅の法灯と呼ばれるものがあり、
なんと最澄の時代から1200年、
一度も絶えることなく
灯がともり続けています。

人々の心を照らす灯。
どんな状況下でも守り続けられてきた灯。
なんと尊い光なのだろうと
当時、感動を覚えました。

「皆さんも心の中に
決して消えない灯を持ちつづけてください。
それがあなたを守り、支えになることもあるでしょう。
勇気をもらえることもあるでしょう。」

そんなお話をいただいた気がします。
修学旅行生向けに、笑いなどもまじえながら
楽しくためになるお話にひきこまれ、
とても印象的でした。

灯を持ち続ける…それは自分自身の生き方にもなります。
一筋の光、希望の光をいつも持ち続けること、
自分を信じて生きていくこと…

様々な思いが交錯しながらも
私もそんな灯を持ちたいと、その時願いました。

そしていつか、大人になったら
またこの灯を見に来ようと思ったのでした。

何十年もたって、ようやく来れました。

京都を数回訪れても
なかなか比叡山までは足を延ばせずにいました。
場所的にはほとんど滋賀県だったんですね。
山奥には間違いないですが。

今回はレンタカーを借りたので
迷わず向かうことができました。
というより、今年は行くぞと決めていました!

あの頃と同じ空気感。
改修中のため、外観はネットに覆われていましたが
靴をぬいであがっていったところは
神聖な雰囲気に包まれていました。

灯は行燈のようなものの中にありました。
(以前はちがった?)
直接炎を見ることはできませんでしたが
とても暖かく優しい光を放っていて
「お帰りなさい」と迎えていただいたようで
胸にじーんと来るものがありました。

京都の夏の暑さも何もかも
一瞬忘れて
長い間手を合わせていました。

1200年の長きにわたり
灯は何を問いかけてきたのでしょう。
あるいは、ただそこにあるというだけで
人々の心にも一筋の光を届けていた。

長い歴史の中では
私たちは本当に一瞬の存在です。
それでも、自分はどうありたいのか。
どんな人生を歩みたいのか。
灯を目の前にして抱く思いは人それぞれだとしても
いつの時代も「人」は「人」
変わらないのかもしれません。

灯を見つめながら
自分の心を見つめるひとときが持てたこと、
感謝です。

普段は日々の忙しさに追われがちですが
時にはリセットする体験も大事ですね。

それにしても山の中、
古木、大木に守られた空間は
なんとも神秘的で不思議でした。
自然のもつ力は偉大です。

周りにいらっしゃる観光客の方々が
なぜかみなさんとても穏やかに見えることも
この場所ならではだったのかと思います。

またいつか訪れてみたいです。

心の灯をしっかりと持ち続けて。