絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

伝えたいこと

ゴミをまたぐな?!

たまたま見かけた言葉や
たまたま聞いたセリフが
なんとなく心に響くことってありますよね

「ゴミをまたぐな」というのは
俳優の哀川翔さんが言った言葉だそうで
それが印象に残っていると
どなたか(もう忘れちゃった )が
おっしゃっていたのでした。

えー?どういう意味?

と、思ったら
家庭の教育方針で、
ゴミが落ちていたら拾いなさい、
見て見ぬふりをするな、ってことだそうで。
確かお子さんもたくさんいたような気がします。

それは自分が落としたゴミでなくても
見たら拾えという教えです。
そうすることで気持ちの良い空間ができる。
(そこまではその人は言ってませんでしたが
本来、どんな深い意味があるのかは
ご本人のお話を聞いていないので
何とも言えないのですけれど…

私にも、とっても響きました!

見て見ぬふりをしちゃうことって多いですよね?
そうした方がいい場合もあるけれど
面倒だから、とか
あとでやればいいから、という逃げの理由で
やらないことってあるなぁと
思うのです。

家の中に、糸くずが落ちていても
あとで掃除するときに掃除機ですっちゃえばいいやと
放っておいたりしたのですけれど、
なぜか「ゴミをまたぐな」という言葉が浮かんできて
そうだよねー、気づいたら拾わなくちゃと
思えてきて…
別に哀川翔さんに怒られるわけじゃないけれど

そして、それをしている自分が
けっこう気持ち良かったりする
この感覚は思いがけないものでした

それは家の中だけでなく外でも。
公共施設の洗面所がぬれていたら
さっとふいておくとか、
ゴミがおちていたら所定の場所に捨てるとか。

善い行いをしたいとか、
そういうモチベーションではなく
なんだかそうしたほうが自分が気持ちがいい。
そんな感じです。

ポイントは「すぐにやる」
この1点。
後でやっても同じ、と思ったら
それまで
気持ちよさはやってこない。
これって仕事にも通じています!

だらけた自分もいるので
いつもきちんと実行してるわけではありません。

でも、頭の中で、あの声で
「ゴミをまたぐな~」と響くと
くすっと笑いながら、「そうだったよねー」と
行動に移す自分がいたりして。

家の中が片付いたり、整理されると
心の中も整理されたような気持ちになって
すっきりするといいますよね。

たまりにたまってからやるのではなく
実は日々の小さな積み重ねを
見直せば、だいぶ変わってくるのかも?
(はい、自分に言い聞かせてます

ほんの小さな善行?も
実は当たり前のことなのだとも思います。
誰かのためや何かのためにやるのではなく
自分が気持ちいいからやる。
自分の心を整えることにも役立っている。
これが一番ですね♪


「ゴミをまたぐな」の教え、
なかなか深いです


miwako






まっすぐ受け取る

今日はたまたま朝ドラを
朝と昼の2回みてしまいました。

やっぱり心に残るセリフがありました!

「使用人だったものの娘と
お嬢様がいっしょに仕事をしているなんて
旦那様はどう思われただろう?」

とのつぶやきに対し、
人生の大先輩である靴屋の主人が
こう言いました。

いいですか。
ものごとはまっすぐ受け止めなさい。
旦那さんは
「松さんの娘さんか。松さんにはお世話になった。」と
頭を下げて、言われた。
そのままですよ、と。
それを曲がった目で見たら、
これからすべてのことが曲がってしまう。

確か、そんなセリフだったと思います。
(2回見た割に、不正確かも

「これからすべてのことが曲がってしまう」
深いセリフでした。。。

すぐに裏を考えたくなる人、
なんでも疑ってかかる人、いますよね?
もうそれは癖になっているのかも。

人の気持ちをまっすぐ受け止めるのは
すごく難しいことなのかもしれません。
ある意味自分のガードなのかも。
まっすぐ受け止めて自分が嫌な思いをしたら
いやだから??
それは自分の弱さからきている?
つまりは自分を信じていないからなのかも。

相手の気持ちを受け取れないって
すごくさびしいことだと思うのです。
人とつながるチャンスを逃しているから。
きっと相手もさびしいでしょうね。

だって
気持ちをまっすぐ受け止めてもらうのも
とてもうれしいことですもの。
あぁ伝わってよかったと思います。

そこで繋がれる。
暖かな気持ちになる。

このまっすぐな気持ちのやりとりは
相互信頼がないとできないんですよね。

相手を信頼する気持ち。
そして自分を信頼する気持ちも。
自分にガードをはりすぎて
いつも防御態勢でいたら
つながりたい相手ともつながれないかも。

いつも疑ってかかっていたら
すべてのことが曲がって見えることでしょう。
何が本当かわからないし
何を信じていいかもわからない。

そのループに陥っていたら不幸です。

かといって、人が良すぎて
詐欺にあったり、だまされるのもいやですよね。

だからなんでも受け止めるのではなく
自分の中で取捨選択。
それは必要だと思います。
なんでも受け入れすぎて
自分を見失ってしまうのもNGですものね。

気持ちをまっすぐ受け止めると
それは相手にも伝わるものです。
そこから生まれる良い波動もきっとある。
そんな関係性を増やしていけたらいいですよね。

曲がって見てしまう自分がいたら
自分はどうしてそう思うのか?
自分に問いかけてみる。
思っちゃうんだから仕方ないですよね。
それをダメと決めつけるのではなく
どうしてかな~と俯瞰で考えてみる。

自分の客観視。
そこでまた1歩前に進めるのだと思います。

miwako






ホームページができました

秋の気配が色濃くなってきましたね


『心と身体のケアエクササイズ』『絵画セラピー』の講座を開始して
早7年が経ちました。

一番最初に発足した<志木サークル>が未だに続いていることに

7年前から月1回の講座に毎回通ってくださっている方がいることに

7年を経て、志を共にするスタッフに恵まれたことに

感謝いたします。


そして、ここから更なる進化を遂げていきたいと思います。


「風に揺れる木々」のHPが完成致しました。

http://haruwomitsuketayo.wixsite.com/kazeniyurerukigi

どうぞご覧になってください。



そして

もっともっと自分が愛おしく思えるように・・・

より風通し良く、楽に生きるために・・・

更なる進化を遂げるために・・・

周りの人達を笑顔にできるように・・・


いつかそんな思いを持った貴方に会えることを楽しみにしています。



こちらも参考になさってくださいね。

ー絵の通訳者達ー
http://kazeniyurerukigi.blog.jp/archives/1025461009.html

ーホームページ作りにチャレンジー
http://blog.livedoor.jp/siriustime/archives/1061902567.html

本当の意味

心が痛い・・・

そんなひどい出来事があっても・・・



受け入れがたく

なぜ自分がこんな目に合うのか
合わなければいけないのか

「私は一生懸命に生きているよね?なのに何故?」

と苦しんでも・・・・

そんな目に合わせた相手を恨んだり
憎いと思ったとしても・・・



どうかそこから離れて物事をつぶさに見ていって欲しい。

俯瞰して全ての面からそれを追って行ってみて欲しい。



そこには本当の意味が
貴方にとっての大切な意味が

ちゃんとあってのことなのだから・・・



そして今までのあなた自身の課題を
いっぺんに手放せるような事柄が
ちゃんと隠されているのだから・・・



苦しみのさなかに居て
それに気づける自分を創ってこれているだろうか・・・・


心を切り裂かれるような出来事の裏側に

そんな神の采配が見えたとき、分かったとき


苦しめた相手にさえ

その運命にさえ


感謝の気持ちしか沸いて来ない。



「ありがとうございます」



そしてまた一つ 自分自身が強くなり

そしてまた一つ 周りの人に優しくなれ


そしてまた 自分がとても愛おしくなるのです。




kimiko

サンタさんの話題から…


人って自分の見方でしか見ておらず、
自分の感じ方が一般的だと勝手に思っていて
だれがどんなふうに感じるかのバリエーションに
思いを馳せるきっかけがないと
自分以外の感じ方をなかなか受け付けられないものです。


子どもが小学校の高学年に差し掛かるころ、
よく話題になったのが
サンタさんはいるかいないか、ということ。

当時、ご近所のお母さん曰く、
息子さんのクラスで、意見が真っ二つに割れたため、
それぞれが親に確認をとって
どっちが正しいかを決めよう!ということになったそうで。

そのお母さんは、
真実を伝えるときが来た、と
「サンタさんは本当はいないんだよ。
でも、信じている人もいるから
それを人に押し付けたりせず、
あなたはこの議論から離れて黙っていなさい。
妹にも言っちゃだめだよ。」
と伝えたそうです。

サンタさんを信じていた小5の男の子は、
がっくり肩を落としてさびしそうにしていたとのこと。
「こういう積み重ねで大人になっていくんだよね」と
お母さんは話していました。

このお母さんの毅然とした態度にも
当時の私はびっくりしたのですが…

私だったらどう言うかしら?
完全否定はできないなーと思いました。
私自身、どこかで信じているような気持ちがあるので
できれば放っておいて、自分なりに感じてくれればいいのかな?
なんて。
白か黒か決めつけなくていいこともある。
心の中にサンタさんがいたっていいじゃない?
でもそれをどう伝えるか?
プレゼントを選んでいるのは親だし、
そこを聞かれたらウソはつけないし…
幸い?うちの子どもたちは、
そういった質問をしてこなかったので
実際はどうしたのか…想像するばかりです。

我が家では、
中学生くらいから、もう大きいからねぇ、
みたいな感じで、親からのプレゼントに切り替えていました。

なんというか、許されるウソ?
ウソというより、ファンタジー的な世界も容認?
自分自身も、あぁきっと親が選んでくれてるんだなぁと
子ども時代に気づいたものの、
その状況さえ、幸せなことだなぁと感じていたものです。

ところが!
3人の子どもがずいぶん大きくなってから、
ふとした時に、聞いてみたところ…

「まぁ、いないだろうなと気づいたよ。」っていう
ごく普通(と私が思う)感想もありましたが、
ひとりは、「大人たちに騙された!」と思ったそうです。
そこには、信じたものに裏切られたような落胆の気持ち。
純粋な子どもをだますなんてひどい。
被害者意識を持ったそうです。
それがずっと続いているわけではないですけれどね。

まさに想定外。
大人はだますつもりなんてこれっぽっちもないけれど
角度を変えてみれば、やはり騙されたという感想もあるんだと
衝撃を受けました

でもそれを黙っていたのは
親への気遣いも少しはあったのかも。
(勝手な推測)

それぞれ持って生まれた性質もあると思います。
のんびりタイプ、せっかちタイプ、
細かいことが気になるタイプ、
気にならないタイプ、
心配性、楽観的、
批判的、協調的…
どのタイプも、表裏一体で長所も短所も併せ持っています。

私の感覚では、サンタさんの一件は、
ちょっと寂しいことだけど受け入れていくこと。
それが一般的?と思っていましたが
自分の子どもでさえ、私とは違う感情をもっていた、
それにまったく気づかずにいたんだなぁと…
それはプチショックでもありました
子どもと一体感が持てなかったとか、
自分の想像力やキャパが欠けていたとか、
子どもの気持ちに寄り添えていなかったんだとか…
いろいろ思いました
もう10年くらい前のことですが!

大人が騙しただなんて、
そんなのひねくれた考え方じゃない?
そう片付ける人もいるでしょう。
でも、感情はその人のもの。
他人がいじったり、批判したりするものではありません。
感情に良い、悪いはないのです。
(自分にも言い聞かせてます!)


どんな感じ方をするか、
本当にそれは個々に違っているのです。
ついつい自分が普通、って思いがちですが
そんなことはないんですよね。

子どものうちに、考え方や感じ方を否定されたら
ものすごく辛いと思います。
自分を否定されているということだから。

どう思う?
どう感じた?
そんなことを、批判者の目線ではなく
共感者の目線で聞いてあげられるといいですね。
信頼できる誰かに、感情を伝えることができて
それを、ただ、そうなんだね、と受け入れてもらえたら
どんなに安心することでしょう。
私は子どもの気持ちを尊重したいと思いつつも
時々親目線で意見を言っていた気がします。
(反省!)
答えを出さなくていい時もあるのに
そこまで思いが及ばなかったこともあった気がします。
(あまり具体的には覚えてないんですけど
反抗期の売り言葉に買い言葉とか
もう感情爆発~みたいなこともありましたし

自分の子どもはもう成人してしまいましたが
大人になってもここは大事にしたいと思っています。
ちょっと冷静、客観視もできるようになってます~
いつからだって、意識すれば
ものごとは変わっていきますものね。

人間関係、すべてに繋がっていることだとも思うのです。

感じ方は人それぞれなんだなぁと
客観視をする機会が増えてきました。

自分はふつうと思っていたのに、
私って変わっている??と思っちゃうくらいの今日この頃です
それもよし!

miwako

言っていいよ

夏休み、楽しかった?

って聞かれたら、たいていの子どもは、

楽しかった。

っていうでしょう。

これに限らず、子どもに限らず、

いつの間にか、人って「正解を答えよう」ってしちゃう。

その場に一番沿うことを言うことが、

スマートだって、思ってる。

でも、いいんだよ。

思ったことを言って。

言いたいことを言って。

思ったことを 言いたいように 言っても

あなたは、大丈夫。

なにも崩れないし、失わないんだから。

崩れて、失ったとしても、

それは 学びにつながることでしか ないんだから。

究極的に、 人生に失敗って ないんじゃないかなぁ。

どう とるか

だけだと思うんだよね。

だから、思ったこと感じたこと

「言っていいよ」

志陽

よりそうということ

先日、思いがけず緊急手術をすることになり 

スケジュールが狂ってしまったので 

連絡せねばいけない人達に

取り急ぎ報告をして、

しばらくメールやラインやメッセージのやりとりが続きました。


前から予定していた手術ではなかったので

まず自分自身に心の準備も余裕もなく

一体何が起きたのか理解できず

慌てました。



みなさん 心配してくださり とってもありがたかったです。



幸い これまで、心配する側だったことが多いので

弱っている人に どのような言葉をかけたらよいのか

分からずにいましたが

今回のことで



どんな言葉をもらうと染みるのか。

嬉しいのか。

励まされるのか。


逆に、

今そんなこと聞かれても~と困ってしまうのか。

不安を煽られるのか。



(あくまでも私にとってですが)



相手を説得したりするときに有効な


「私の気持ち」を現す I メッセージは


お見舞いの言葉がけには向かないんだなぁと感じました。



受け取り方もそれぞれですから

正解はありませんが

今回の この経験を生かして

もっと相手の気持ちに寄り添える人になりたいです。


Shinobu