絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

こども

好奇心?それとも躾?

先日ロシアを旅行し、知人の別荘で可愛らしいお隣さんに出会った。
お母さんと一緒にクッキーを作って持ってきてくれた3歳のソーニャ。異国の私に人見知りせずニコニコと笑いながらロシア語で話しかけてくれる。

あまりに可愛いので、日本のフルーツの飴を4つあげると、喜んでくれた。
お母さんによると棒のついたチュッパチャプスしか食べたことがないとのこと。
ソーニャは初めて見るフルーツの絵が描いてある飴に興味津々。

お母さんに一つ開けてもらい口に入れてしばらくすると口からぽろっと出している。『味が合わなかったのかな?』と、心配すると、次の飴の袋を開けてとお母さんに頼んでいる。開けてもらいお口に入れてしばらくするとまたぽろっと出してさっきの飴の隣に並べる。
これもダメだったのかな?
するとまた次の新しい飴にチャレンジしようとしている。

お母さんは『本当はマナー違反だけどね。ソーニャは好奇心が旺盛なの。』と言って次のも開けてあげようとしている。ソーニャはというと、全身からワクワク感が伝わって来るほど嬉しそうに今度はどんな味かな?と興味津々の様子。
見ているだけで微笑ましくなる。

確かにお行儀は悪い。でもこんなに好奇心が旺盛な時はまず子どもの好奇心を満たしてあげることの方がマナーより大事なのではと思った。

きっと自分が子育て時代の時には息子にお行儀が悪いから一つ食べ終わるまでは次は開けちゃダメと言っていただろうに。

でも今目の前の子供が目をキラキラと輝かせて興味津々な姿を見ると、マナーも大事だけど、それより子供のどんな味がするんだろう?何色なんだろう?なんでベタベタするんだろうなどの好奇心を満たしてあげる方が余程大事なのではないかと思った。
後で今日は特別に食べさせてあげたけど、本当はこんな食べ方はしないと教えてあげればいいのだから。

結局ソーニャは4つの飴を舐めてみて、テーブルに並べた。ピンク、黄色、グリーン、オレンジと全て色が違って、宝石のようにキラキラとしている。こんな風にして見たことないな。きれいだな。

手はベタベタになってるけど、ソーニャも嬉しそうに眺めては、また一つずつお口に入れたり、出したりと楽しんでいる。

嫌いだから飴を出した訳ではなく、どんな色なのか、舐めるとどう変化するのか目で確かめたかったんだ。五感で飴を味わってる。

私はその時第三者の立場だからゆったりとした気持ちで子供に向き合えた。子どもの気持ちがよく理解できたんだと思う。
ソーニャのお母さんはよく見守れたな、えらいなと思う。

子育て時代を振り返ると初めての子育てに、良いお母さんになろうと必死だった。『良いお母さん』とは、子どもにとってというより、他人から評価される事だった。

今なら他人の評価を気にするより子どもとしっかり向き合える子育てができそうな気がする。

躾ももちろん大事だけど、目の前の子どもを見てその時大事なのは何か、子供と向き合えるお母さんでいてほしい。

今の世の中情報に溢れ、時間に追われ、お母さんたちは忙しいし、疲れている。
『良いお母さん』にならなくていいから、お母さん自身が心身ともにゆとりを持って子供と向き合ってほしいなと思う。







小麦粉事件


思い出話です。

子どもたちがまだ保育園に通っていたころ…

ケーキをつくることにしたのに
いざ始めようとしてみたら
小麦粉がわずかしか残っていませんでした。

歩いて2分のところにコンビニがあります。
小さいサイズの薄力粉があるはず。
そこまでだったら兄と妹、
2人でお買い物にいけるかな?
お店の人も親切だし。

私はまだ赤ちゃんだった末っ子とお留守番。
ケーキ作りの準備をすすめていました。

ついでに何を頼んだか忘れてしまいましたが
2人が息を切らせて帰ってくると
「小麦粉はなかったー!」と残念そう。

そうか、小麦粉ではなく薄力粉というべきだった。。。

「こういう袋のなかった?」
と家にあったものを見せると

「それ、あったよー。
 クッキー・ケーキってかいてあるから
 絶対これだって言ったのに
 お兄ちゃんが違うっていったんだもん」

妹はちょっと不満そう。

「だけど、クッキー・ケーキ・うどん
 って書いてあるんだよ。
 小麦粉じゃないし!」

お兄ちゃんは、お兄ちゃんなりの考えがありました。

私は、なんだかお店の中での
ふたりのやりとりを想像して
楽しくなってしまいました

「ごめん、ごめん、
薄力粉って言わなかったママがいけないよね。
ケーキとうどんの材料がおなじだなんて
びっくりしたねー」

いっぱい頭を使って考えたんだね。
お店の人には聞けなかったか。
まぁ仕方ない。

それでも、小麦粉以外の買い物は
(たしかお菓子だったかしら)
ちゃんとできたので
2人とも満足そうな様子でした。

はじめて2人でいったおつかいだったし♪
冒険気分だったのでしょうね。


「じゃぁ今度はSちゃんのこと見ててあげて。
ママがぱっと買ってくるから!」

そう言って私も徒歩2分、走れば1分のお買いものへ。

そして、みんなでわいわい言いながら
いちごのケーキをつくりました。
あれはクリスマスの頃だったかしら?
1月のパパのお誕生日だったかしら?

このできごとは、当時、小麦粉事件として
話のネタにしていました

お買い物をお願いして、
その結果だけ見たら失敗なのだけど
覚えたてのひらがなを読んで
一生懸命考えたのは
なんてすごいことなんだろう!

大人から見たら簡単そうなお買い物も
子ども目線でちゃんと伝えてあげないと
難しくなっちゃうんだなぁ。
これは私の反省。

2人の性格もそれぞれだけど
最後にお兄ちゃんをたてたのも偉い。
けっこうお兄ちゃんを信頼しているかも?
「買わない」決断をくだした兄も頼もしい!

なぁんて、親ばかですけどね。

あー、このときさらに思い出したものです。
10歳くらいのとき、
カツ3枚(お肉屋さんでその場で揚げているやつ!)を
頼まれて、いそいそ自転車で買い物へ。
今はなき、商店街、
母としょっちゅうお買い物に行っていたお店です。

ところが「カツ」というお品書きはどこにもなく…
いつも食べているカツが、とんかつだって
わかっていなかった私は、
とんかつは高級品のはずだから違う?と思い
違うだろうなー、でもおかずがなくても困ると、
イチかバチか
安いハムカツを買って帰ったのでした。

人生初のハムカツ。

でも母には全くおこられませんでした。
お兄ちゃんには、「何やってんだよー」って
言われた気もしますが、
「たまにはハムカツもいいかもね」みたいな
流れになり…
居心地の悪さはいっぺんになくなりました。

失敗したことより
一生懸命考えたことを
認めてくれてたんだなぁ。
きっと自然体で、まぁ仕方ないと
思っただけとも言えますが。

母にしてもらったことが
私の中でも自然と生きているのかもしれません。
ありがたいことです。

小麦粉事件の前に、ハムカツ事件あり!
でした~






子育て中にほっとしたこと

子どもって神様からの預かりもの。

自分から生まれたといっても

まったく未知の個性をもっていて

思った通りになんてならなくて当たり前。

今ならそういえますけどね。


3人の子どもに恵まれましたが

特に長男は私の思う枠にははまらず

それは面白くもあったのですが

母親初心者としては

どうにかちゃんと育てなきゃとか、

しつけをちゃんとしなくちゃとか、

彼の行動に関する悩みもありました。

自分がきちんとした母でいたい、って

それだけだったのかもしれませんね。

ちゃんとしていないのは親の責任?

みたいに構えちゃっていたのだと思います。


それがそれが…

職場に復帰したころ、

後輩のひとりが占星術を本格的にやっているのを知り

面白そう!と運勢を見てもらったのです。

そうしたら、うちの子どもにはあったこともないのに

なんだかあたっていることがたくさん!

しかも、彼はこういうところがあるから

こういう経験を増やすといいですよ、なんて

抜群のアドバイスつき。



その時に思ったんです。

なんだー、全部子どもの個性なんだって。

私がどうこうしたからこうなったとかではなく

持って生まれたものなんだって。

じゃ、私の責任じゃない???

そうしたら、ものすごーく、

目からうろこが落ちたみたいに

気持ちが軽くなって楽しくなってきたのです。

なんか変?

責任放棄ってことじゃないんですよ。

個性を理解してあげればいいんだって

発想の転換ができたのです。



お母さんって、自分ががんばらなきゃ!って

思い詰めてる人、多いと思います。

でもね、何もかも思い通りになんて

決してならないし、しちゃいけない。


自分とはまったくちがった個性を育てている、

それなのに、自分の分身であるかのように

ついつい思ってしまうんですよね。

大事な大事な宝物であることは変わらないけれど

自分の所有物ではないし、

自分の理解を超える存在でさえある。


何に興味をもつのかな?

どんなことをしたら嬉しいのかな?

あぁ、こういう状況は嫌なんだ…

少しずつ、理解していけたらいい。

この子が伸びたい方向がわかって

そのサポートができたらいい。

ダメなことはダメというしつけは大事。

伝えるべきこともあるけれど

親の思い通りにはしてはいけない。

こうしなさい、ああしなさいと

親が無理やりレールを引いたらダメ。

この子の個性をいかに伸ばしていくかが

自分の役目なんだなぁと

しみじみと思ったものです。


一筋縄ではいかないですけどね(笑)


でも、自分ががんばらなきゃ、と

思いすぎているお母さんがいらしたら、

ちょっと肩の力をぬいてください。

自分を責めないで

お子さんも責めないで。

ちょっと気持ちを緩めたら

違った角度から見つめることができるかも。


客観視。

大事ですね。

ケアエクサでもいつもキーワードです!


miwako

まぁるい気持ちで

子どもの心が荒れているとき、

売り言葉に買い言葉では

気持ちが休まるどころか

火に油を注いでしまいます…

どんな時も、客観視して

冷静でいるって

本当に難しいことですが。


仕事柄、たくさんのお子さんと接しています。

先日、もう、何があったんだか

どうしようもないくらい荒れまくった子がいました。

何を言っても心に響かない。

こちらもやるせない気持ちになりました。

今日はお手上げ!とあきらめました。

心にどんよりしたものが残りました。


でも時間がたつにつれ、

あぁ接し方を間違えてしまったなと気づきました。

気持ちがささくれだっていたことには

絶対なにか原因があったのでしょう。

ひとつのことではなく複合的だったのかもしれません。

そんな彼自身もどうしようもない

嫌で嫌でしようがない状態のときに

正しいことや、やるべきことを伝えてみたって

それは私側の都合でしかなかった。

とがった態度に、正論を向けても何の意味もなかった。

時に甘くしすぎてはいけない、とか

毅然とした態度も必要、という場面もあるけれど

さじ加減が難しいですね。

親だって自分の子どもに対して

どう対応するのが正解か、迷うことがいっぱいです。


とがった気持ちにとがった対応をするのはダメ。

とにかくそう思いました。

今度会ったら(私のところに来るとは限らないのですが)

前回のことも何ももちださず、

まぁるい気持ちで接しよう!と決めました。

始めの挨拶が肝心。

でも、大げさにすることなくいたって普通に穏やかに。

すると昨日は、若干神妙な態度でやってきて

(ちょっと反省してたのかしら?)

口数少なく(いつも切り返しに長けたおしゃべりさん!)

音読をほめられちゃったりして、

まじめにささっと学習していきました。

いつもささいなことで、あちらこちらで注意されている子です。

頭もいいし、いいところがたくさんあるのに

なんだかマイナスの方でめだってしまう。

「どうせ何やってもほめられないし、ダメなんですよ」って

つぶやいてくれることもありました。

「親にも、赤ちゃんの頃からほめられた記憶がない」って

どこまで本当かわかりませんが

ぐちをこぼすようなちょっと話術に長けた大人びた子です。


彼の良さをいっぱいわかっているつもりだったのに

とんがった態度をされて、私もちょっとショックでした。

でも、それも試されていたのかな、と

あとから思いました。

彼の芯の部分を信頼しているなら

どんな時も、まぁるく受け止める覚悟を決めよう。

まぁるい気持ちには、反発心も薄れるはず。

その場ですぐには無理だとしても。


昨日、穏やかだった彼を見て、

他の先生方と、よかったね、と目配せしあいながら

私も嬉しい気持ちで帰宅しました。


そして今朝!

卒論発表の準備をぎりぎり徹夜でしていた次女。

朝はすこぶる機嫌の悪さ

言葉がとげとげしています。

しかし今朝の私は、まぁるい気持ちで…

「ぎりぎりまでやっているのは準備が足りないから」とか

「そんなに髪の毛に時間かけてないでさっさと行きなさい!」とか

自分に置き換えたら絶対言われたくない、

今言われてもまったく意味をなさないような

マイナスの言葉は封印して

「寝てないの~?それはがんばったねぇ。〇〇食べる?」

くらいの言葉がけ。

そうしたら、まぁるい気持ちが伝わったのか?

「今日は、これこれこんなスケジュールで大変なんだよ」と

いつも言わない予定を教えてくれて言葉も穏やか。

「途中で寝ちゃいそうだね~(笑)」なんて言って

「発表がんばれ~」「いってらっしゃ~い」

「じゃあねー」と

ちょっとイライラも収まって出かけていきました。


やったぁー、作戦成功

まぁるい気持ちで接しようと決めただけで

子どもも穏やか、私も穏やか~

こちらにも心の余裕がないとできないことです。

でもそれが習慣になったらいいな。

作戦とか言ってますが、

まずはそう決めて、自分に言い聞かせて

とにかく実行してみること。

つい愚痴が先にでちゃいますからね

そうしたらその結果(気持ちがほっこり)を体感できる。

いつもうまくはいかなくても

失敗したり反省したりしながらも

まぁるい心は、とげとげのクッションになる!

それを覚えていたいです。

きっと身近な家族に対してが一番大変かな??

みんなの心がまぁるくなったら

空気感も変わりますね。


意識していきたいです

まずは意識するのが大事です。

いっしょにがんばりましょう~



miwako













<育自>しよーっ!!(2013.12記)

お話をさせて頂いている中で、
時々 「へ???」 と思う場面があります。


―うちの子は神経質な所があるので、
こういったことは大丈夫かなぁと心配なんですよね。

「そうですか・・・。で、お子さんはそのことを心配しているの?」

―いえ、子どもは「楽しみ♪」と言っているんですけれど・・・。
  後で辛い思いをするんじゃないかと思うし・・・。


それ、もしかしたら

お母さんが不安なだけではないかな??



―遊んでいるのを見ていると、強い子がいて、いつも脇役っていうか
  つまらない役ばかり押し付けられても何も言えない子なんです。

「そうですか・・・。で、お子さんは無理やりやらされて、
本当は嫌だと言っているの?」

―いえ、「なんで?楽しいよ」って言うんですよ。
  だから我慢しているんじゃないか、
  ママには本当の事を言ってもいいんだよ
  って伝えるんですが・・・。


それ、もしかしたらその場面を見て

お母さんが悲しい・悔しいだけなのではないかな??



ご自分の感じた 感情を

あたかも子ども自身が感じている感情だ と

思ってしまっているお母さん・・・多いです。




一番恐いのは

<あなたを思って、心配して言っているのよ>

を隠れ蓑に、なんとも思っていない小さな子に上記のような事を言い続けると

「お母さんが一番好き!」な子ども達は、簡単に影響されてしまうということです。


傍らに居るお母さんから、いつも発せられる言葉に

どんどん洗脳されてしまう子は少なくありません。



ですから前者の子でしたら

―そうだよね。わたしは神経質だから、冒険しちゃいけないよね。
  いろいろな事に用心して傷つかないように生きて行かなければ。

という信条を持ってしまうし


後者の子でしたら

―そうか。ママがあそこまで心配するってことは、
  ぼくは楽しい遊びって思ってたけど、
  あれはきっとぼくをいじめてるんだ。
  大人から見たら○○ちゃんは悪い子なんだな。

と思ってしまうかもしれません。



優しくて受け入れ型の子どもは、性格形成において

上記のように刷り込まれてしまうこと、多いです。



逆に、エネルギーが高く、外に向かって行く型の子は

そんなお母さんの決めつけには反発してくるので

上記のようなお母さんだと

「手に負えない!」 「うちの子は宇宙人!」 となります。




ですから、今盛んに言われているように

<子どもの頃からおとなしくて、なんでも言うことを聞くいい子>

よりも

<自分の感情の支配を誰にもされないように、反発する子>

の方が、長い目で見ると、安心なのです。



もし、あなたが

「あっ!私もそういうところあるかも・・・」

と思ったなら、いいチャンスです!

それは本当に子ども自身が思っていることなのか?

それとも、実は自分自身の感情なのか?


を俯瞰して見るようになさってください。


そうして もし

「これって、私の感情じゃーーん」

って気付いたなら、いいチャンスです!

子ども自身は楽しんでいるのに、どうしてマイナスに受け取ってしまうのか?

内省してみてください。

そこには必ずあなた自身にとっての答えが見えてきます。



だからこそ、<育児は育自>というんですね。


「育児を通して、この子から教えられた。感謝。」

そんなふうに思えたなら、素敵です。


kimiko


学びあい育ちあう


風に揺れる木々スタッフのSさんが

「みんなの学校」という映画を紹介してくれました。

上映されているところが少ないため

なかなか行けそうにないなぁと思っていたところ、

仲間内で本を回してくれ、

もう、一気に読んでしまいました!


「みんなの学校」は大阪市住吉区にある

大阪市立大空小学校という公立の小学校。

2006年の開校だそうです。


たったひとつの約束は(校則はないそうです)

「自分がされて嫌なことは人にしない、言わない」

そして学校では、

子どもの学習権が保証されることをめざし

すべての子どもの居場所が確保されるには

どうあるべきか、

どうしたら子どもたちが主体的に

自らを成長させていけるかをいつも考えています。

まずは、ひとりひとりを「知ろう」とすること。

どういう子かと決めつけずに、

その子全体を見ること。

その子の質をあげていくこと。

(先生がではなく、自ら!)

それにはどう関わるかがとても大切。

関わり方を間違えれば

大人に対して心の扉を閉じてしまう子もいるでしょう。

お互いが信頼しあえる関係をつくるのは容易ではありません。


様々な実践の記録がありました。

どれもきれいごとでまとめられたものではなく

先生方もがんばっているなぁと思うと同時に

子どもたちの持つ力、その変わる力の輝きに

圧倒されます。


とても簡潔にまとめることはできません。

心に響くことがたくさんあって。


教育に携わっているものとしては

授業の進め方ひとつとっても学びがあり、

もっと知りたいと思ったりもするのですが、

しかし何よりも美しいのは

だれもがありのままを認めあおうとしていること。

自分の弱さもちゃんと見つめていこうとしていること。

そういう力は子どもの方が本当に強い。

(大人よりずっと素直ってことですね)

先生も自分のエゴと向かい合ったり

決めつけていたのではないかと反省したり。

変わる子どもを見て、大人も変わる。

子どもから学ぶ。

そこに喜びがあるからこそ

大変でしょう?と世間に言われることも

大変なのかな?と思えちゃうすごさ。



私が書いたのはごくごく一部のことだけです。

ぜひ皆さんも映画を見たり、本を読んだりしてみてください。


学びあい育ちあう場は学校だけでなく

どんな場でも成立すると思うのです。

人は一人で生きているわけではないから。

人とどうやって関わっていきたいか、

どんな関係を築きたいか?

自分はどうありたいのか?


良い波動は波及していき周りに影響を与えます。

大空小学校にはそれがあるんだなぁと思います。

いつもうまくいくわけではない、

でもあきらめる必要もないし、

失敗したらやり直すだけ。

自分を信じて、周りを信じて。


こんな小学校が全国に広がっていけばいいですね。

それにはやっぱり「人」。

メソッドではなく、

心を通わすことを大事にできる「人」の存在なんだなぁ。

教育ってなんだろう?

子育てってなんだろう?




まだまだ思いを巡らせています…



miwako









ブレない土台

子どもに何かを伝える仕事の人にとり

大事なことって、なんでしょう?

技術?

知識?

いえいえ、心 じゃないでしょうか?


それは、自分中心 の考えではなくて

目の前の子どもにとって

何が大切なのかを

自らのエゴを抜きで、考えられること。


子どもにとって必要と思うなら、

続けた方がいい

やめた方がいい

も、きちんと伝えられるでしょう。

子どもの家族にはなれないけど、

信頼できる大人には、なれるはず。

生徒さんが、動く時期ですね。

エゴを抜きで、

その子の幸せを祈れる先生になりたいです。

youko