絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

子育て

子育て中にほっとしたこと

子どもって神様からの預かりもの。

自分から生まれたといっても

まったく未知の個性をもっていて

思った通りになんてならなくて当たり前。

今ならそういえますけどね。


3人の子どもに恵まれましたが

特に長男は私の思う枠にははまらず

それは面白くもあったのですが

母親初心者としては

どうにかちゃんと育てなきゃとか、

しつけをちゃんとしなくちゃとか、

彼の行動に関する悩みもありました。

自分がきちんとした母でいたい、って

それだけだったのかもしれませんね。

ちゃんとしていないのは親の責任?

みたいに構えちゃっていたのだと思います。


それがそれが…

職場に復帰したころ、

後輩のひとりが占星術を本格的にやっているのを知り

面白そう!と運勢を見てもらったのです。

そうしたら、うちの子どもにはあったこともないのに

なんだかあたっていることがたくさん!

しかも、彼はこういうところがあるから

こういう経験を増やすといいですよ、なんて

抜群のアドバイスつき。



その時に思ったんです。

なんだー、全部子どもの個性なんだって。

私がどうこうしたからこうなったとかではなく

持って生まれたものなんだって。

じゃ、私の責任じゃない???

そうしたら、ものすごーく、

目からうろこが落ちたみたいに

気持ちが軽くなって楽しくなってきたのです。

なんか変?

責任放棄ってことじゃないんですよ。

個性を理解してあげればいいんだって

発想の転換ができたのです。



お母さんって、自分ががんばらなきゃ!って

思い詰めてる人、多いと思います。

でもね、何もかも思い通りになんて

決してならないし、しちゃいけない。


自分とはまったくちがった個性を育てている、

それなのに、自分の分身であるかのように

ついつい思ってしまうんですよね。

大事な大事な宝物であることは変わらないけれど

自分の所有物ではないし、

自分の理解を超える存在でさえある。


何に興味をもつのかな?

どんなことをしたら嬉しいのかな?

あぁ、こういう状況は嫌なんだ…

少しずつ、理解していけたらいい。

この子が伸びたい方向がわかって

そのサポートができたらいい。

ダメなことはダメというしつけは大事。

伝えるべきこともあるけれど

親の思い通りにはしてはいけない。

こうしなさい、ああしなさいと

親が無理やりレールを引いたらダメ。

この子の個性をいかに伸ばしていくかが

自分の役目なんだなぁと

しみじみと思ったものです。


一筋縄ではいかないですけどね(笑)


でも、自分ががんばらなきゃ、と

思いすぎているお母さんがいらしたら、

ちょっと肩の力をぬいてください。

自分を責めないで

お子さんも責めないで。

ちょっと気持ちを緩めたら

違った角度から見つめることができるかも。


客観視。

大事ですね。

ケアエクサでもいつもキーワードです!


miwako

まぁるい気持ちで

子どもの心が荒れているとき、

売り言葉に買い言葉では

気持ちが休まるどころか

火に油を注いでしまいます…

どんな時も、客観視して

冷静でいるって

本当に難しいことですが。


仕事柄、たくさんのお子さんと接しています。

先日、もう、何があったんだか

どうしようもないくらい荒れまくった子がいました。

何を言っても心に響かない。

こちらもやるせない気持ちになりました。

今日はお手上げ!とあきらめました。

心にどんよりしたものが残りました。


でも時間がたつにつれ、

あぁ接し方を間違えてしまったなと気づきました。

気持ちがささくれだっていたことには

絶対なにか原因があったのでしょう。

ひとつのことではなく複合的だったのかもしれません。

そんな彼自身もどうしようもない

嫌で嫌でしようがない状態のときに

正しいことや、やるべきことを伝えてみたって

それは私側の都合でしかなかった。

とがった態度に、正論を向けても何の意味もなかった。

時に甘くしすぎてはいけない、とか

毅然とした態度も必要、という場面もあるけれど

さじ加減が難しいですね。

親だって自分の子どもに対して

どう対応するのが正解か、迷うことがいっぱいです。


とがった気持ちにとがった対応をするのはダメ。

とにかくそう思いました。

今度会ったら(私のところに来るとは限らないのですが)

前回のことも何ももちださず、

まぁるい気持ちで接しよう!と決めました。

始めの挨拶が肝心。

でも、大げさにすることなくいたって普通に穏やかに。

すると昨日は、若干神妙な態度でやってきて

(ちょっと反省してたのかしら?)

口数少なく(いつも切り返しに長けたおしゃべりさん!)

音読をほめられちゃったりして、

まじめにささっと学習していきました。

いつもささいなことで、あちらこちらで注意されている子です。

頭もいいし、いいところがたくさんあるのに

なんだかマイナスの方でめだってしまう。

「どうせ何やってもほめられないし、ダメなんですよ」って

つぶやいてくれることもありました。

「親にも、赤ちゃんの頃からほめられた記憶がない」って

どこまで本当かわかりませんが

ぐちをこぼすようなちょっと話術に長けた大人びた子です。


彼の良さをいっぱいわかっているつもりだったのに

とんがった態度をされて、私もちょっとショックでした。

でも、それも試されていたのかな、と

あとから思いました。

彼の芯の部分を信頼しているなら

どんな時も、まぁるく受け止める覚悟を決めよう。

まぁるい気持ちには、反発心も薄れるはず。

その場ですぐには無理だとしても。


昨日、穏やかだった彼を見て、

他の先生方と、よかったね、と目配せしあいながら

私も嬉しい気持ちで帰宅しました。


そして今朝!

卒論発表の準備をぎりぎり徹夜でしていた次女。

朝はすこぶる機嫌の悪さ

言葉がとげとげしています。

しかし今朝の私は、まぁるい気持ちで…

「ぎりぎりまでやっているのは準備が足りないから」とか

「そんなに髪の毛に時間かけてないでさっさと行きなさい!」とか

自分に置き換えたら絶対言われたくない、

今言われてもまったく意味をなさないような

マイナスの言葉は封印して

「寝てないの~?それはがんばったねぇ。〇〇食べる?」

くらいの言葉がけ。

そうしたら、まぁるい気持ちが伝わったのか?

「今日は、これこれこんなスケジュールで大変なんだよ」と

いつも言わない予定を教えてくれて言葉も穏やか。

「途中で寝ちゃいそうだね~(笑)」なんて言って

「発表がんばれ~」「いってらっしゃ~い」

「じゃあねー」と

ちょっとイライラも収まって出かけていきました。


やったぁー、作戦成功

まぁるい気持ちで接しようと決めただけで

子どもも穏やか、私も穏やか~

こちらにも心の余裕がないとできないことです。

でもそれが習慣になったらいいな。

作戦とか言ってますが、

まずはそう決めて、自分に言い聞かせて

とにかく実行してみること。

つい愚痴が先にでちゃいますからね

そうしたらその結果(気持ちがほっこり)を体感できる。

いつもうまくはいかなくても

失敗したり反省したりしながらも

まぁるい心は、とげとげのクッションになる!

それを覚えていたいです。

きっと身近な家族に対してが一番大変かな??

みんなの心がまぁるくなったら

空気感も変わりますね。


意識していきたいです

まずは意識するのが大事です。

いっしょにがんばりましょう~



miwako













<育自>しよーっ!!(2013.12記)

お話をさせて頂いている中で、
時々 「へ???」 と思う場面があります。


―うちの子は神経質な所があるので、
こういったことは大丈夫かなぁと心配なんですよね。

「そうですか・・・。で、お子さんはそのことを心配しているの?」

―いえ、子どもは「楽しみ♪」と言っているんですけれど・・・。
  後で辛い思いをするんじゃないかと思うし・・・。


それ、もしかしたら

お母さんが不安なだけではないかな??



―遊んでいるのを見ていると、強い子がいて、いつも脇役っていうか
  つまらない役ばかり押し付けられても何も言えない子なんです。

「そうですか・・・。で、お子さんは無理やりやらされて、
本当は嫌だと言っているの?」

―いえ、「なんで?楽しいよ」って言うんですよ。
  だから我慢しているんじゃないか、
  ママには本当の事を言ってもいいんだよ
  って伝えるんですが・・・。


それ、もしかしたらその場面を見て

お母さんが悲しい・悔しいだけなのではないかな??



ご自分の感じた 感情を

あたかも子ども自身が感じている感情だ と

思ってしまっているお母さん・・・多いです。




一番恐いのは

<あなたを思って、心配して言っているのよ>

を隠れ蓑に、なんとも思っていない小さな子に上記のような事を言い続けると

「お母さんが一番好き!」な子ども達は、簡単に影響されてしまうということです。


傍らに居るお母さんから、いつも発せられる言葉に

どんどん洗脳されてしまう子は少なくありません。



ですから前者の子でしたら

―そうだよね。わたしは神経質だから、冒険しちゃいけないよね。
  いろいろな事に用心して傷つかないように生きて行かなければ。

という信条を持ってしまうし


後者の子でしたら

―そうか。ママがあそこまで心配するってことは、
  ぼくは楽しい遊びって思ってたけど、
  あれはきっとぼくをいじめてるんだ。
  大人から見たら○○ちゃんは悪い子なんだな。

と思ってしまうかもしれません。



優しくて受け入れ型の子どもは、性格形成において

上記のように刷り込まれてしまうこと、多いです。



逆に、エネルギーが高く、外に向かって行く型の子は

そんなお母さんの決めつけには反発してくるので

上記のようなお母さんだと

「手に負えない!」 「うちの子は宇宙人!」 となります。




ですから、今盛んに言われているように

<子どもの頃からおとなしくて、なんでも言うことを聞くいい子>

よりも

<自分の感情の支配を誰にもされないように、反発する子>

の方が、長い目で見ると、安心なのです。



もし、あなたが

「あっ!私もそういうところあるかも・・・」

と思ったなら、いいチャンスです!

それは本当に子ども自身が思っていることなのか?

それとも、実は自分自身の感情なのか?


を俯瞰して見るようになさってください。


そうして もし

「これって、私の感情じゃーーん」

って気付いたなら、いいチャンスです!

子ども自身は楽しんでいるのに、どうしてマイナスに受け取ってしまうのか?

内省してみてください。

そこには必ずあなた自身にとっての答えが見えてきます。



だからこそ、<育児は育自>というんですね。


「育児を通して、この子から教えられた。感謝。」

そんなふうに思えたなら、素敵です。


kimiko


学びあい育ちあう


風に揺れる木々スタッフのSさんが

「みんなの学校」という映画を紹介してくれました。

上映されているところが少ないため

なかなか行けそうにないなぁと思っていたところ、

仲間内で本を回してくれ、

もう、一気に読んでしまいました!


「みんなの学校」は大阪市住吉区にある

大阪市立大空小学校という公立の小学校。

2006年の開校だそうです。


たったひとつの約束は(校則はないそうです)

「自分がされて嫌なことは人にしない、言わない」

そして学校では、

子どもの学習権が保証されることをめざし

すべての子どもの居場所が確保されるには

どうあるべきか、

どうしたら子どもたちが主体的に

自らを成長させていけるかをいつも考えています。

まずは、ひとりひとりを「知ろう」とすること。

どういう子かと決めつけずに、

その子全体を見ること。

その子の質をあげていくこと。

(先生がではなく、自ら!)

それにはどう関わるかがとても大切。

関わり方を間違えれば

大人に対して心の扉を閉じてしまう子もいるでしょう。

お互いが信頼しあえる関係をつくるのは容易ではありません。


様々な実践の記録がありました。

どれもきれいごとでまとめられたものではなく

先生方もがんばっているなぁと思うと同時に

子どもたちの持つ力、その変わる力の輝きに

圧倒されます。


とても簡潔にまとめることはできません。

心に響くことがたくさんあって。


教育に携わっているものとしては

授業の進め方ひとつとっても学びがあり、

もっと知りたいと思ったりもするのですが、

しかし何よりも美しいのは

だれもがありのままを認めあおうとしていること。

自分の弱さもちゃんと見つめていこうとしていること。

そういう力は子どもの方が本当に強い。

(大人よりずっと素直ってことですね)

先生も自分のエゴと向かい合ったり

決めつけていたのではないかと反省したり。

変わる子どもを見て、大人も変わる。

子どもから学ぶ。

そこに喜びがあるからこそ

大変でしょう?と世間に言われることも

大変なのかな?と思えちゃうすごさ。



私が書いたのはごくごく一部のことだけです。

ぜひ皆さんも映画を見たり、本を読んだりしてみてください。


学びあい育ちあう場は学校だけでなく

どんな場でも成立すると思うのです。

人は一人で生きているわけではないから。

人とどうやって関わっていきたいか、

どんな関係を築きたいか?

自分はどうありたいのか?


良い波動は波及していき周りに影響を与えます。

大空小学校にはそれがあるんだなぁと思います。

いつもうまくいくわけではない、

でもあきらめる必要もないし、

失敗したらやり直すだけ。

自分を信じて、周りを信じて。


こんな小学校が全国に広がっていけばいいですね。

それにはやっぱり「人」。

メソッドではなく、

心を通わすことを大事にできる「人」の存在なんだなぁ。

教育ってなんだろう?

子育てってなんだろう?




まだまだ思いを巡らせています…



miwako









やっぱりほめられたいよね

「ほめられたことなんて生まれてから一度もないですよ」

 

そうつぶやいたのは高学年の男の子。

 

とあるテストに合格して、字もとてもきれいだったし

 

「すごいね、がんばったね!」と大いにほめて、

 

「お家でもほめてもらえるね」と声をかけたら、冒頭の発言。


 

それも、暗さはなく

 

「家のお母さん、厳しいんですよ。」って。

 

もう仕方ない、あきらめてますから…みたいな

だから向上心をむき出しにするなんてことがありません。

 

子どもってとってもわかりやすく

 

がんばるぞー!とスイッチが入ったなと

感じるときがたくさんあるのですけれど。

 

モチベーションがあがったら必ず良い方向に伸びていくのに。

 

このあきらめムード…?

 

むしろ会話を楽しんでいるようなところもあります。

 

コミュニケーション上手なんです。

 

そんなに大人にならなくてもいいのにね。

 

 


「僕はほめると伸びるタイプだよって伝えてみたら?」と言ったら

 

「そんなこといったら、そんな甘くないっておこられますよ」ですって。


 

 

確かに厳しさも必要ですが、バランスなのかなー。

 

頑張っても頑張っても、まだまだ足りないと言われ続けることが

 

バネになるタイプもいるのかもしれません。

 

昔のスポ根漫画みたいに?

 

それでも要所要所で認めてもらえる瞬間がないと

 

なんだか張りつめたまま突っ走って、

 

何かの衝撃でぽきっと折れてしまう時が来るような。

 

だから彼のように、ちょっと力を抜くことで

 

自分を追い詰めずにすませている場合もあるでしょう。

 

お母さんは叱咤激励で頑張ってほしいと思っているでしょうに?


自己肯定感をもってもらうには逆効果かも

 

生まれてから一度もほめられたことがない、というのは

 

ちょっと大げさだったのかもしれません。

 

赤ちゃんの頃は、ハイハイしたり、つかまり立ちをするだけでも

 

大いに褒められたのではないかしら。

 

本人の記憶にはないとしても。

 

 

ほめるって難しいです。

 

特に自分の子どもは。

 

お互いの関係が近すぎて、どちらも素直になれなかったり。

 

でも子どもが小さい時ほど、

 

お母さんの言葉がけひとつでガラッと変わる、

 

そんな風に感じます。


 

ほめられる=認められる

 

自分の存在を大事に思える。


 

心がじわーっと緩んで、何とも心地いい瞬間のはず。


いつも厳しいお母さんが、突然ほめてくれたら

 

どんなに嬉しいでしょうね?

 

子どもを一番伸ばせるのは、やっぱりお母さん。

 

あれこれと考えすぎずに

 

一瞬でも心が動いたら、そのことだけをほめる。

 

ここはいいけど、ここはダメ、みたいなのは無しで(笑)

 

つい、言いたくなるところをぐっと押さえて!

 

それを習慣にするといいなぁと思います。


そうそう、自分のパートナーに対しても

 

私もずっと実践中です!



miwako

子どもの進路(2013.8記)

先週末小・中学校のクラスメート数人と久々に会いました。

昔話はお互いの記憶を合わせるとジグソーパズルのように
当時の記憶が鮮明になっていくので、
思わず忘れていたことを思い出すから不思議です。


友人との話で一つとても引っかかったことがあります。

今回誘ってくれた友人Uはフルタイムで働きながら、

お子さんがこの春有名御三家の中学に入学しました。


そのUが先日別の中学の同級生何人かと会ったそうです。

その中の一人Fは専業主婦で、その息子さんは小学校受験をして、

さらに塾も家庭教師もつけて中学受験をしたけれど、

結局その小学校付属の中学に入り、大学受験をし、

中堅どころの大学に入りました。


FはUに「あなたには小学校受験は無理でしょう。」とか、

自分がいかに子どもの受験に心底力を傾けてきたかと話したそうです。


その話を聞いて、Fの息子さんは大丈夫だったのかと心配になりました。

本人が希望して、何回も受験しているならいいのですが、

お母さんが子供の気持ちを置き去りに、自分の果たせなかった夢のため、

息子さんを通して自己実現させるためにだとしたら、その子が可哀想に思います。


たぶんFは、息子さんのことは彼女の考えたようには実現せず、

不満足な結果に終わったのだろうと思います。

そうでなければ、友人Uの息子さんの話を聞いて難癖をつけたりしないでしょう。


親だから子どもにいい学校に行って、将来少しでもいい暮らしが

できることを望むものですが、子どもの気持ちを置きざりにしていいのでしょうか?

こどものためと言いながら実は自分の果たせなかったことを

こどもに望んで、そのためにこどもの将来を

決めてしまっているのではないでしょうか?



我が家の息子も今進路の分かれ道。

半年前からころころ変わるので、最初は翻弄されていましたが、

結局は自分の道。自分が納得して将来を決めればいいこと。

多少アドバイス(素直に聴きませんが…)をすることはあっても、

あれこれ言わず、悠然と構えることにしました。


親は経済的な支援はできるけれど、

自分の夢はこども自身が努力してつかむもの。

例え失敗してもそれが糧になって、その後の人生に活かされると思います。


さて、来春はどうなっていることでしょう。
やはり、心配は心配ですけどね。


息子の留学時に留学機関から言われたことです。

親は3つのMを実践してください。

「任せる。 見守る。 待つ。」


kumiko

 

赤ちゃんマナブ(2013.7記)

子どもを預かるお仕事をしている関係もあり、
先週3日間研修に行ってきました。


その研修は朝から夕方まであり、
子どもとの関わり方やその保護者との対応の仕方など
より深く、より詳しく勉強をしました。


その中で特に印象に残っているのは

「子どもを預かる技術」
についてです。

講師の大学の先生は、
白髪がきれいな小柄な女性です。


その講義の中で、

「産まれたての赤ちゃんはなにもわからないわけではないのです。」と断言をしています。


どういうことなんだろう??


あかちゃんと通じ合うという感覚はあまりありせんでした。

お世話をしてあげるという感じです。


でも、違うというんです。



先生曰く

「あかちゃんは大人の世話を通じて、いろいろ学習しているのです。

お腹が減ってくると不快感を持って(不快という体験をして)泣く。

泣くことによって人が来るということがわかる。」


「ミルクを作るから待っていてね」というコトバ掛けがあり

待つことも学ぶ。


ミルクの味を覚え、抱かれてホッとする感じるを体験する!



赤ちゃんは

そんな風に感じていたんですね(^^)

ひとつひとつの出来事が、ひとつひとつの体験であり

学びであるんです。



だから、手際よくお世話をするのではなく、

赤ちゃんにとってわかりやすく、学習できるように

ゆっくり、丁寧に、コトバがけをしながら、

お世話をしていく・・・


そうです。



泣いているからといって、
あせったりしなくても大丈夫なんです。


落ち着いて、「どうしたの?」と声を掛けて

安心感をあたえる。

それも、赤ちゃんにとっては学びなんですもの。



ゆっくり・・・・


   丁寧に・・・・


      わかりやすく・・・・



michi