絵画セラピー・ケアエクサ

「自分自身」を生きるために! by絵の通訳者

成長

扉があいていく

月に1度のケアエクササイズは
心と身体のリフレッシュとメンテナンス、
そんなかかせないものになっています。

心理ワークのみならず、近況報告で最近感じたことのシェアなどからも
たくさんの気づきをもらえることがあります。

自分のセンサーも敏感になっているので
まったく別の現象からも、
自分へのメッセージを受け取れることがあったり。

私が何気なく言ったことが
別の人に別の観点から響いたり。

そんなことがお互いの間で起きていて
今日、これを受け取るためにここに来たのかな?と
感じることも多々あります。

先日のワークは上級ワーク。
中身については、これから体験する人もいると思うので
触れないでおきますが…

絵を描き終えて、文字を入れ、
自分の深い深いところをさぐってみてと言われたのですが
そこから書き出したものは、どこかちぐはぐ。
まとまりがない感じでした。

でもkimmy先生やメンバーと話しているうちに
なんだ、そういうこと?という気づきが訪れ
(さすがkimmy先生!)
何とも言えないすっきり感。

面白いものです。
プラスもマイナスも全部受け止めてると思ってたのに
そうでもなかった
いやな気分になる自分を認めていなくて、
そうならないようにどうすればいいか考えていた。

心がざわつくのが嫌だったんだね。
でもざわついてもいいんだよ。
ざわついちゃったなぁと思えば。
それを解決しようとしなくてもいい時もある。
こだわりすぎなくていいこともある。
そのままうけとめれば??

なんのことはない、
いつも自分が発信しているようなことでした!
感情に、いい悪いはないんだよって。

自分のことって、本当になかなか見えてないんですね。

この日はとってもすっきり。

ざわざわOK!って開き直れた感じ??
そんな自分もOK!って認められました。

具体的なことを言っていないので
わかりにくくてごめんなさい


帰り際、kimmy先生が
「こうやってまたひとつ扉が開かれたね」と
声をかけてくださいました。

扉がどんどん開かれていくのは
本当にすがすがしい気持ちです。

「またひとつ自分に自信が持てるね!」とも
言ってもらいました。

確かにそうです。
揺らぎがなくなってくる。
ぶれない自分に近づいてくる。

自分を見つめる。
そのことの深さ、おもしろさ、時に辛さ…
心の成長には痛みをともなうこともあります。
でも、それだからこその喜びがそのあとにあるのです。

少しずつ、少しずつ、
みんな成長していけるんですよね。
年齢にかかわらず!

求めよ、さらば与えられん。
求めなければ与えられないものです。
必要ないと思う方もたくさんいるんでしょうね。
(残念!)それも選択の自由ですが。

1枚ずつ薄皮を脱いだように変わっていくメンバーからも
刺激と喜びをたくさんもらいます。

自分発見の扉はきっといくつもいくつもあるでしょう。
またひとつ、またひとつ、
扉を開けていく作業が、
確かに自分を成長させている、
そして柔軟になっていくと
嬉しく思えた昨日でした。

ケアエクサ6年目です~

miwako

年の瀬に宝物を・・・Ⅰ

心と身体のケアエクササイズ
今年最後の平日2時間コースが終わりました。

いつものメンバーさんに加え、
久しぶりにお越しくださった方が1名。

締めくくりにふさわしい、
素晴らしい気づきと成長、変化の会となりました。


今日は、Cさんのお話から・・・
(掲載に当たって、許可を頂いております)


最初にお越しくださってから、早4年が経つCさんは
その可愛らしいお顔立ちに似合わず、
初めの頃はとてもクールでドライな発言をなさっていました。

―人のために・・・とか、正直分からないです。
  多分冷たい人間なんだと思います。

―家族にも別に思い入れは無く、
  それぞれ余り関わらずに平和にいられればいい。
    結構面倒くさがりだから・・・。

とよくおっしゃっていました。


けれど、

『死と再生のワーク』で

そんなふうにおっしゃっていた彼女が生まれ変わったものは・・・

人々を救う 看護師でした。

Cさんは、ものすごく不思議に思いながらも、

「私は、本当はそうありたいのかもしれない」

そんなふうに、その『思い』を否定せず
もちろん半信半疑ではいましたが
素直に自分の中に一旦受け入れていらっしゃいました。


これが頑なな人にはなかなかできません。

ご自身で見た、また浮かんできた深層の思いであるはずなのに

嘘だ
そんはずはない
そんな自分は信じられない

と即座に見ること、受け入れることを拒否してしまう人も多いのです。

自分の事は自分が一番知っている・・・

これも確かに大切な感覚ですが、浮かんだことは事実。


自分でそこを否定してしまうと、
頭の中で認めている自分しか受け入れないことになってしまいます。


自分の決めている枠組みから外れたものを認めないということは
自分のその枠の世界のみで生きて行くということになります。


それが行き過ぎると、他者からの助言や思いを受け取れず

自身を客観視することが難しくなってきます。


Cさんは講座にお越しになる度
飾ることなく、周りの評価を気にすることなく
いつも正直な思いを発言してくださいました。

ともすると、ストレート過ぎて誤解を生むかもしれないような思いも
常に正直に伝えて下さいました。

その度、私は彼女からの信頼を感じ、有難く思ったものです。

そして、なんとか今の状況から
一歩踏み出して欲しいと願ったものでした。

なぜなら、クールな仮面の下に

愛情を求めているのに、どうしたらいいかわからない

小さなCさんが見えていたからです。


そして、今年一年
自身のお子さんに対して、とても とても気持ちをかけるようになり
「それがとても楽しく、喜びです」
とおっしゃるようになっていきました!


初めは余り表情がなかったお顔も、
最近ではいつも笑顔やはにかみが浮かび、
周りも明るくなっていくようでした。


そんな彼女が、この日のワークで
どうしても避けていた自身の母との関係に置いて
自分からお母さんに

「愛してるよって言って」

と伝え、お母さんから

「『もちろん・・・愛しているよ』と言ってもらえた」

と涙をにじませて伝えてくれました。

Cさんが、また一つ自分自身で自分の殻を脱いだ瞬間でした。


そこに居た皆さんも
そこの空気さえも

温かく穏やかな波動に包まれていました。



このお仕事は本当に大変なことも多い。

けれどもその分、こんな瞬間に立ち会わせて頂くことができる・・・

今回またその有難さを深く感じ得ました。


人はいくつになっても自分が望み、そこに向かって行動を起こせば

必ずより良く変わって行けるのだ

ということを、またまざまざと見せて頂きました。


Cさん、来年がまた楽しみですね!


ご参加の方々に、感謝します。



kimiko

つながる(2013.5記)

1人で できる範囲でやろう。

なるべく、人のことを助けたとしても、

自分のことで 他の人の手を煩わせるのは、よそう。


そんな風に思ってた。

それが、自立しているってことだと、思ってた。


でも、それって、本当に傲慢不遜!!!


そんなことに、ケアエクサに参加することで気づきました。

ーーー

私は たぶん 見た感じ、全く変わってないんじゃないかな。

ちょっと毒のある言葉を言ってしまうことも、

好き嫌いが わりと激しいことも。


でも、中身がすごく変わっている気がしている。

今までは、自分をしっかりガードして、

出していい気持ちと 見せたくない気持ちを分けて

話していたような気がする。


きっと、それに気づいた相手の人は もどかしかっただろうね。


でも、今は 同じ言葉を使っていても、

気持ちの深さが違う気がする。


もちろん、今でも 怖いものは怖い。

嫌いなものは嫌い。


でも、それでいいじゃん。

って思えるようになった。


自分が感じるものは 自分のものだ!

誰のものでもないし、誰にコントロールされるものでもない。


そこを、自分が思ってしまったことに対して、

そんな風に思っちゃいけないって 思うことは、

そんな風に思うって、私はひどい って思うことは、

自分を大切にしていないことに なっちゃうんだね。

自分を自分で 否定していることになってたんだね。



自分を大切にしてないって、ベつに良いじゃん! 

だって、所詮、 自分のことでしょう。


って思ってた。

でも、今ならそれは違うって思う。

そういう私を眺めながら、

心を痛めてくれていた人がいたんだ、って思う。

そういう私を眺めながら、

私の行く末が 幸せになってくれればいいなって

思ってくれていた人が いたんだ。って思う。


だって、今、

私も そう思っているんだもの。

つながりたくても つながれない何かを抱えた人に。

心に ガードをかけた人に。



人として生まれた以上、

自分だけ

って、もうあり得ないんだよね。

そんなことも 思った。


そして、ガードを外してのお付き合いをしていこうって決めたら、

いろんな人と、前より深く つながられている気がするの。


これだったのかぁ。。。


まだまだ これから。


でも、いまは この楽しい感じ、愉快な感じ。 明る兆し、軽快な感じ

を存分に味わっておきたいなって思う。


youko